たぶん、飽和している
「国見は彼氏作らないの?」
「俺ゲイって言った記憶ないけど」
「あ、ごめん、彼女彼女」
体育で捻挫して校庭の隅で見学してたら、体操着忘れたバカが横に腰を下ろしてきた。なんにも喋らなくて気まずいから、適当に話題を振ってみたわけだけど出だしから失敗した。
「なに、松竹はふじょし?なの?」
「腐女子ではないねえ」
「ふうん」
「まあ、漫画はなんでも読むから読んだことはある」
「そこカミングアウトしなくていいよ」
「うっす」
国見とはクラスメイトでたまに話したことはあるけど、二人きりで話すのは初めてだ。
無口かと思えば話しかけると返事はくる。コミュニケーションに積極的ではないけれどコミュ障とやらではないらしい。
「そういう松竹は?」
「なにが?」
「この話の流れで聞き返すの?」
「ああ、彼氏?最近別れたねえ」
「いたんだ」
国見はさっきから私を一瞥すらせず校庭を走るゾンビのような集団を見物してる。6月にはまだ早い炎天下が高校生たちの体力をじわじわと削っている。捻挫してよかったなんて思ってしまう。
「暑いね」
「ああ」
花壇脇の紫陽花は満開で来週には枯れるんだろうなと思う。揺れる影に微かな夏の風を感じる。梅雨を終えれば夏になって、あっという間に夏休みになる。
「夏休みどこか行くの?」
「部活」
「え、国見部活やってんの?将棋部?」
「バレー」
「運動部なの???へー意外!うちって強いんじゃないの?レギュラー……?」
「うん」
そういえば肌が白くて何故か細っちいイメージがあったけれどよく見れば身体つきもいいし、体格も悪くない。無気力なイメージが強かったから本当に意外だった。
「すごいね!へー、今度見に行ってもいい?」
「えー……やだ」
「なんでさー!あ、やっぱりレギュラーじゃないとか?」
「違う」
「じゃあなんで?キンチョーでもするの?」
「……」
国見の表情が複雑怪奇すぎて表現しずらい。とにかくこいつに無表情以外のレパートリーがあって、なんとなく安心をする。
「……来てもいいけど、及川さんには近づくなよ」
「オイ、カワさん?」
「知らない?」
「全然。誰それ」
「とにかく一番チャラそうな人」
「ふーん、分かった分かった。国見だけみとくよ!」
「は、」
豆鉄砲くらった鳩みたいな顔をした国見、初めて見たよ。なんだ色んな顔持ってんじゃん。
「おーい!見学者!整列するからお前らも並べー!」
遠くで体育の先生が叫んでいる。真夏の太陽が当たって反射する真っ白い校庭に足を向ける。
「国見ー行こ!」
「おお」
のそりと立ち上がる国見の手を引いて見ると案外嫌がらなかった。なんだ、こいついいやつじゃん。
適当に笑って二人で集団のもとに歩いて行った。
「覚悟しとけよこのやろ」
「ん、なんか言った?」
「別に」
title:イーハトーブさま
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