涙を一滴加えなきゃ恋じゃない


※人によって不快かもしれません



「だから、嘘をつくんですよね」

恐ろしい言葉だった。
声色は穏やかなのに、その表情と言葉の心に突き刺さり、私は持っていた携帯を落とした。

カランと音が響いた。

彼はその携帯を拾い上げ渡してきた。静かに受け取り、ポケットにしまう。
早くここから去らなければと脳が警告を出す。どくりどくりとやけにうるさい心臓を胸の上からぎゅっと押さえつける。どうか、彼に聞こえませんようにと。

「嘘を付かなきゃいられない関係なら、もういっそその人と別れちゃいましょうよ」

ねえ、と笑う彼。
まるで無邪気な子供のよう。

「わ、別れないよ。私、あの人のこと好きだから」

「好きな相手に嘘をつくんですか?浮気なんて気付かない振りして」

彼が歩くたび、リノリウムの床がコツンコツンと音を鳴らす。静かに影は近づいてくる。やがて私を覆う。

「僕は、先輩が傷ついて泣きそうな顔になってる姿も好きですけれど、原因が俺以外だとちょっと、なんていうか、腸が煮え繰り返るかなって」

影から手が伸びてくる。頬に触れるては冷たくて顔が強張った。

「僕にしましょうよ。せーんぱい」

嘘で塗り固めた仮面が剥がれる音がした気がした。脳裏に浮かぶあの人の表情が、だんだんと薄れていく。そして、目の前の彼の輪郭がはっきりと浮き上がっていく。

「好きだよ。ホントウに」

重なる影に、一雫が落ちた。



title:誰そ彼さま


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