何も知らない女の子みたいね
*大学生設定
なんてことだ。
時刻は22:00を過ぎた頃、私の家の給湯器がお陀仏した。近所に銭湯なんてないし、だからといって入らないなんて選択肢はない。バイトから帰って来てキッチン仕事で油の臭いがうつった身体で寝るなんて真っ平ごめんである。
どうしようと悩んだ末、お隣さんの後輩にシャワーを借りることにした。恐る恐る玄関のドアを叩くと中からジャージの後輩、赤葦くんがのそりと出てきた。
「それは、災難でしたね。けど、ダメです」
経緯を話してから間髪入れず断りの言葉が降ってきてしまった。なんということだ。もう少し悩む素振りくらいみせてくれてもいいじゃないか。
「なんで?水道代なら払うよう!」
「そうじゃなくて」
はあ、とこれ見よがしに溜息を疲れてしまった。一応言っておくが私の方が先輩なんだから、少しは敬う態度を見せてくれてもね、と言ってまた溜息をつかれた。なんで、なんでなの。
「先輩である以前に自身が女だということを理解して下さい。そして、俺は男なんですよ」
「そんなもん見りゃ分かるわ。馬鹿にしてんのか」
とうっと軽くチョットを食らわせる。睨まれた。すまん。
「じゃあいいよ。ちょっと遠いけど木兎のとこまで行くよ」
駄々こねてすまんかった。お風呂セットを抱えたまま、私はふらりと歩いていこうとした。
「待って下さい」
「なにさ」
「……いいですよ。使っても」
まじか。素早く踵を返し、赤葦くんに駆け寄った。
「やったー!助かるよ赤葦くん!!大好き!!!」
「今回だけですからね」
どうぞ、と中に通された。中は私の部屋と間取りは同じだけど、置いてある家具とか小物を見るとやっぱり男の子の部屋という感じがした。物がそんなに多くなく、すっきりと片付けられていた。
なんていうか、私の部屋より綺麗だわ。
「好きに使って下さい」
「うん、ありがとう」
やっとシャワーにありつけた。一時はどうなることやらと思ったけれど、なんとか借りることができてよかった。
***
シャワーを浴びて出てくると、赤葦くんがコーヒーを入れてくれていた。
「あ、先に髪乾かしますか」
「あーそだ!せっかくだし赤葦くんが髪乾かしてくれる?」
赤葦くんは少し戸惑いを見せてから、ふわりと新しいタオルをとって来た。それを私の頭に被せごしごしと水気をとっていく。人に頭を触られるのって警戒する人は多いけど、私は昔から好きでよく母にやってもらっていた。懐かしいなあ。
ドライヤーを引っ張ってきて、電源を入れる。頭に温かい温度と赤葦くんの大きな手を感じる。赤葦くんは優しい手つきで乾かしていく。
なんだかとても居心地がよかった。バイトで疲れたこともあり目蓋が重くなる。うーん、寝そうだ。さすがに寝てしまったら悪い。
「赤葦くん、もういいよ。乾いた」
「そうですか。分かりました」
カチッと電源を切ると今までうるさかった部屋がいっきに静まり帰ってしまった。
「いやー助かったよ。ありがとう!今度お礼にご飯でも奢るよ」
「いえ、お礼ならもう十分に頂きました」
「え?」
さらりと乾いた髪の束を一房手にとり、赤葦くんの顔が近づく。何かと思い思わず目を瞑るも何も起きない。部屋の時計の秒針の音だけが響く。
そっと目を開けると赤葦くんは髪の束にキスをしてニヤリと笑った。
「同じシャンプーとボディーソープを使ってるから、なんだか俺の物になったみたいで、いいですね」
ねえ、先輩。
静かに腰に手を回し、唇にキスをしてきた後輩は、確かに男の人のそれだった。
title:曖昧さま
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