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名前という女はあまり物事に頓着しない性格だった。着物や化粧も最低限で特に粧し込まなくても人前に出られるように整える程度。人付き合いは悪くないが、自分に関心のない奴には歩み寄らない。疲れていれば着替えや風呂は後回しで外でも平気で寝ようとする。頓着しない性格というより、ズボラなだけかもしれないが。そんな女だが腕は立つ。戦闘では相手に隙を見せず、逆に相手の隙を見つければ一太刀で殺す。相手が隙を見せなれければ戦闘は長引くが、我慢強く踏ん張りがきく。そんなこともあって、位もそこそこなこいつを連れて歩く事が多い。俺自身、こいつの腕は買ってる。


「宇髄さん、終わったらここで団子を買って行きましょう。」
「あ?そりゃ別にいいが、お前ここの団子好きだったか?」
「まぁ、普通です。でも、貴方のお嫁さん達はここの団子が好きでしょう?貴方からのお土産だと言えば喜ぶんじゃないですかね。」


物事に頓着しない性格ではあるが、こういうところは気が利く。名前と俺の嫁達を連れてこの団子屋に立ち寄ったのはたったの一度きりで、それ以来連れて行ってやった事はないというのによく覚えてるもんだ。いつぞやの思い出を噛み締めて、少しだけ緊張を緩めた名前の背中を叩く。


「気が緩むには早過ぎんぞ。」
「分かってますよ。」

***

いつ死ぬんだろう。戦う前はいつも考えている。今日死ぬかもしれない。明日死ぬかもしれない。だから、楽しい思い出や優しくしてもらったことは全部、それこそ一字一句覚えておきたい。宇髄さんとお嫁さん達と団子屋に立ち寄った事は、私の中で忘れたくない楽しい思い出として記憶に留まっている。鬼殺隊は男性の方が割合も多く、女性同士連れ立って甘味屋に寄ったのは文字通り生まれて初めてで、あっちこっち会話が飛んでいったり、美味しい団子を一口分けてもらったり、思い出すととても心地が良い。忘れたくない。走馬灯というものを見るなら、そんな思い出ばかりがいい。まぁ、いざ戦闘が始まってしまえばそんな事を考えている余裕はないが。


「名前っ!!!」
「いいから斬って下さい!!!」


何人食ったのか。鬼は私と柱である宇髄さんをよく追い詰めた。証拠に宇髄さんが鬼の首を斬り落とすのに手間取るのは珍しい。首に刃は付き立っているが中々刃が通らないようだ。しかし、その間にも鬼は首を斬られぬよう必死に抵抗し、目の前の標的である宇髄さんに腕を伸ばしている。宇髄さんで首を斬れなければ私では難しい。形成が一気に逆転してしまう。そう考えれば私が鬼の腕を斬り落とすのは当然の事だが、予想よりも鬼の再生能力が高かった。鬼は腕を斬られて直ぐ、怒りに任せて私の右目から肩にかけて抉るように爪を立てる。咄嗟に体を引いて今一度鬼の腕を斬れば、何とか刀は握れる程度の傷で済んだ。ボタボタと血が流れて抉られた傷が死ぬ程痛い。視界も悪いし呼吸も荒くなる。だが、相変わらず鬼は私に気を取られていて、少しずつ首に食い込む刃の事も忘れて暴れている。それはとても都合が良かった。宇髄さんまで私に気を取られるのは想定外だが、鬼の攻撃が私に向かうのなら、その間に宇髄さんが首を落としてくれる筈だ。


「名前っ!!!」


今度は私の予想が的中した。やはり宇髄さんは鬼の首を落としてくれている。ごろんと地面に転がる鬼の首が少しずつ消えていく様を、視界が赤く染まる中でもハッキリと見てとれた。宇髄さんは鬼の首を落とすと素早く駆け寄って来てくれて、フラついて力の抜けていく私の体を支えてくれる。情けない。鬼の再生能力を見誤ったばかりにこの様だ。自分に恥じ入ることはあれど、宇髄さんが気に掛ける事ではないのに、酷い顔をしている。勝手ながら、隊士一人が怪我をしたところで、そこまで責任を感じるような人だとは思っていなかった。壮絶に痛みが体中を駆け巡る中、頭の隅でそんな事を思っていたが、それも一瞬。段々と意識が朦朧としていき怒鳴るように私の名前を呼び続ける宇髄さんを余所に私は目を閉じた。そして、次に目を覚ますとどこかの屋敷の布団に寝かされている。右目が包帯で覆われているのか視界が悪い。けれど、生きている。誰かが手当をしてくれたらしい。少しだけほっとして、状況把握の為に情報収集しようと体を起こせば右肩が痛む程度で何とか体を起こす。あれだけの痛みがこの程度なら万々歳だ。体にあまり負荷をかけないようゆっくりと立ち上がり、部屋を出ようと襖に手をかけた瞬間、スパーンと勢いよく襖が勝手に開いた。


「何起き上がってんだ!寝てろ!」
「う、宇髄さん?」


不機嫌を顔に張り付けた宇髄さんは私を持ち上げると再び布団に押し込んだ。相変わらず足音も気配もない。そして、まだ体痛むんですが無理矢理はどうかと。まぁ、ここが宇髄さんの屋敷で、私はあの後面倒を見てもらってたという事が察せられる。布団に入りながらはどうなんだろうかと思いつつお礼を言えば、お前は俺の命令を無視して意識失いやがってだとか、生きてるならサッサと目を覚ませだとか、中々に無理難題を言ってくる。布団に潜りながらそのお小言を黙って聞いてはいたが、徐々にその勢いは薄れていき、最後には黙り込んでしまった。


「宇髄さん?」
「あー……。」


声を掛けても上の空。というより、完全に話しを聞いていない。怒ったり考え事をしたり忙しい人だ。布団の中でバレないように一息ついていると、不意に宇髄さんの手が私の包帯で巻かれている目元に伸びた。優しく、痛くしないように何度か包帯の上から傷を撫でる。優しい手つきのせいか、なんだか妙にくすぐったい。その心地良さに目を細める私とは正反対に、宇髄さんは苦虫を噛み潰したように顔を歪めた。


「悪かった。こんな傷をつけさせて。」
「何言ってるんですか。宇髄さんに落ち度はありません。私の判断が悪かったんです。」


こんな世界で生きているから、自分の行動に後悔しないようにしている。けれども、熟考して決められる事ばかりじゃない。今回だってそうだ。自分の判断が甘かったから、所謂こんな傷を負ったのだ。確かに、女なのに顔にこんな傷があったら、嫁の貰い手はいなくなるかもしれない。私でも、愛だの恋だのに憧れがない訳ではないが、それよりも今は優先すべき事がある。仕方ないと諦めがついているし、顔に傷が出来てようがなかろうが、この世界で生きていく以上、嫁の貰い手なんてそう簡単に見つからないだろう。元々諦めかけていたところに今回の件で踏ん切りがついただけだ。苦笑いをしながら宇髄さんの手を退かし、大丈夫ですと伝えても、どこか腑に落ちないという顔をしている。あの時も思ったが、もっと淡白な性格だと思っていた。使えるものを使って勝てればそれで良し。だが、実際のところはどうだろう。目の前の人はたかが一隊士である私を気遣い、責任を感じている。案外、私はこの人の性格を把握しきれていないなと感じた。


「名前。お前は腕が立つ。それに気立ても悪い方じゃねぇ。俺はお前の事を気に入ってる。」
「えっ?あ、ありがとうございます?」
「その傷もだ。ギリギリ致命傷は避けれてる。視力はちゃんと回復するし肩にも問題ねぇそうだ。咄嗟の判断でそこまで出来てりゃ、これからも刀を握る人間として申し分ねぇ結果だ。」
「は、はぁ……?宇髄さん突然なんですか?何が言いたいんですか?」


訳が分からない。宇髄さんの話す内容は要領を得ず、何が言いたいのか確信が掴めない。妙に煽てられているような気もするし、それが何だかあまりにも不自然で混乱しながら先を促せば、そうだな、と宇髄さんは咳払いをする。そして、ばん、と大袈裟な音を立てて自分の膝に手を置いた。


「俺の嫁になれ!!!」


本格的に何を言ってるんだ。


「まぁ、待て。何となく言いたい事は分かる。話しを聞け。俺には女の顔にそんな傷を作らせた責任が派手にある。」
「感じなくて結構です。同情で結婚なんてしたくありません。」
「それだけじゃねぇ。さっきも言っただろ?俺はお前の事を気に入ってる。お前は良い女だ。だから、俺の嫁になれ。」
「お断りします。こんな顔でもいいって言ってくれる人と結婚します。」
「なら問題ねぇだろ。」


先程とは打って変わってにっこり笑いながらゆっくり優しく頭を撫でられる。私が結婚?この人と?お嫁さんが既に3人いるのに?確かに、強がってはみたがこの顔で結婚してくれる人などこの先現れるのか?いや、世の中は広いし、鬼殺隊で顔に傷がある人なんていっぱいいる。……男性ばかりだけど。暫く熟考してはみたが、ぐるぐる同じ疑問ばかり巡って答えが出ない。しかし、宇髄さんは今すぐにでも良い返事を期待するようなキラキラした目を向けてくる。止めろ、その期待するような目を。断った時の罪悪感が増すだろ。なぜ断られることを考えていないんだこの人は。ちょっとばかし自分に自信があり過ぎるんじゃないか。うっ、と言葉に詰まりつつ、その視線から素早く目を逸らした。


「結婚は……ちょっと……早いかと……。」


やんわり断ったせいでこの後から熱烈な求婚を繰り返されるが、この時は私は知る由もない。