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「君のことを愛しているんだ。」


テレビには向かい合う男女が思いを伝え合うシーンが写っている。流行りの恋愛ドラマなのだろうか。何気なくテレビをつけただけで、別段毎週観ていた訳ではない。ただ、俳優の言葉が、何となく響いてきたのだ。愛している。好きな人間がいれば、その思いを何れは伝えたくなるものだろう。まして、相手といい仲になっているのならば尚更だ。きっと、このドラマの男女も、物語上でこれから様々な愛を育むのだろう。そんな二人が、フィクションとはいえ羨ましいと思った。自分には出来ない。ギャングの世界は甘くない。ドラマに出てくるような、平和に毎日を暮らす彼女を思えば、世間話でさえ憚られた。彼女と出会ったのはもう一年も前になるだろうか。麻薬取引の現場を偶然目撃したせいでギャングの標的になり、殺されそうになっていたところを俺が助けた。麻薬取引自体、俺達パッショーネでは推奨していないし、何より俺のシマで麻薬取引をしたことが許せなかった。だから、彼女を助けたというよりも自分の為にしたことだ。けれど、そんな事情など一切知らない彼女は、大粒の涙をボロボロと流しながら何度も何度もありがとうと言っていた。本来なら、そのままその場から立ち去るところだが、擦り傷や切り傷、俺が助ける直前にやられた殴打の跡を見て放っておけるものでもない。パッショーネとも縁のある医者に見せてから彼女を家に送り届けた。それ以来、彼女とはよく会話をするようになった。元々、俺のシマで生活をしていたようで、パッショーネのことも俺のことも噂程度には知っていたらしい。


「ギャングだっていうから、どんな人なんだろうって思ってました。街の人は貴方を頼りにしている人が多い。でも、ギャングだし、と思って。」


いつだったか。彼女は笑いながらそう言った。当然だ。俺はギャングの一員で、状況によっては拷問も殺しもやる。実際に今までもやってきた。そんな世界と無縁に生きている彼女は、そんな俺を知らないから、ただの一度、彼女を助けただけで、いい人というレッテルを貼っている。今日、君に会う前に俺は仕事で人を殺しているんだと、そう言ったら彼女は俺を軽蔑するだろうか。怖がるだろうか。どう思われようが、俺には俺の生き方があり、今更変えられない。それなのに、俺は彼女が遠ざかるようなことを敢えて話さないようになっていた。嫌われたくない。傍にいて欲しい。守ってやりたい。俺が思うように、彼女が俺を思っていてくれたら、どんなにいいだろう。そんな風にまで考えるようになっていた。だが、それは叶わぬ夢だろうと分かっている。生きる世界が違う。彼女を思い、愛しているというのであれば、ギャングという危ない世界と繋がりを持たせるよりも、どこか別の、ギャングとは程遠い世界で幸せに生きていて欲しいと思う。



「ボンジョルノ、名前。」
「ブチャラティさん!ボンジョルノ!」



それなのに、彼女から離れる覚悟のない俺は、今日も彼女に危害がないことだけに安堵しながら世間話に花を咲かせるのだ。