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→花沢勇作捏造注意



兄様はあまり私の前では笑って下さらない。突然現れた弟という存在に戸惑っているのか、それとも、ただ距離感をはかりかねているだけなのか。出来れば後者であって欲しい。私は兄様ともっと話をして笑いあって、本当の家族のように接したい。直ぐに無理な事は分かっている。私自身、出来るとも思っていない。だから、私は兄様を見かける度、出来る限り声を掛けるようにした。兄様、兄様、兄様。けれど、兄様は、軍の規律が乱れますので、と制するばかり。流石は兄様。組織の事をよく理解して未熟者な私に忠言までして下さるとは。狙撃の腕だけではなく、人を導く事にも長けているだなんて、なんと素晴らしいお方なのだろう。地位は違えど、私達は唯一無二の兄弟なのだ。今まで空いてしまった時間を埋められたら良い。時折ではあるが、周囲を気にしつつも控え目に微笑んで下さる事もある。少しずつ、距離は縮まっているのだと信じていた。だが、一人の女性と兄様が話している姿を見て、唖然とした。



「あー!なんで私のおかず取るんですか!」
「最後まで残してるから嫌いな物なんだろ?食ってやったんだから有難く思えよ。」
「好きだから最後に取っておいたんです!」
「おっと、そりゃ悪かったな。だが、食っちまったもんは諦めろ。」
「ひ、酷いっ!」



兄様と女性はとても仲睦まじく、親しい間柄なのだという事が窺えた。どうやら、兄様が女性の好物を食べてしまったらしい。女性の方はご立腹だが、兄様は何処吹く風。口角を上げて意地悪く笑っている。私の知る兄様の笑い方とは、どこをとっても違っていた。あの真っ黒な瞳が私を値踏みするように射抜く事はあっても、あんな風に愛しいものを見る目を向けられた事はない。敬語を崩された事もなければ、兄様から声を掛けられた事もない。私に対する態度と女性に対する兄様の態度は百八十度、違っていると言っていい。女性と話す兄様を見ていると、それが自然体なのだろう事は簡単に想像が出来た。ならば、私と話す時は?兄様は表情を崩す事なく、まるで気紛れな猫のように直ぐに会話を切り上げて離れていってしまう。あんな風に笑う事など、知らなかった。



「お前は色気より食い気だな。」
「色気でお腹は膨れないので。」
「はっ、そんなんだから嫁の貰い手の一人もいねぇんだよ。」
「し、失礼ですね!尾形さんに関係ないです。」



む、と眉間に皺を寄せつつも痛いところを突かれたのか、視線を逸らしてどこか罰が悪そうだった。兄様はそんな女性を愛おしそうに見詰めると、口元についていた物を指でそっと拭ってやる。親が子供にするような行為が、酷く羨ましく思えた。私達が本当の兄弟であれば、兄様はあの方にしたように私の面倒を見て下さっただろうか。暫し考え、止めた。兄様にとって、あの女性は特別だ。それは傍から見ても一目瞭然の事実だろう。その女性と自分が同列に並ぶ事を、私は考えられない。



「関係はねぇが、貰い手がいなかったら俺が貰ってやるよ。」
「……馬鹿。」



ああ、私も兄様の特別になれたら、あんな風に慈しんでもらえたのだろうか。