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→モブ×尾形の表現があるので苦手な人は注意



初めてそういう誘いを受けたのは何時だったか。あまり覚えていない。男が大半を占める軍という組織には往々にしてある事で、その番が自分に回って来たのだと、単純にそう思った。実際、毎回俺ばかりが相手をさせられる訳ではない。俺以外にも相手はいて、時折、俺が選ばれる事があるだけだ。その関係に嫌悪感を覚える事がないかと言われれば否定するだろうが、行為自体を咎めるつもりはない。男なんてのは穴さえあって、そこに欲を吐き出せれば自分勝手に満足するような生き物だ。結局のところ、女の煩わしさもなく効率的に欲を吐き出せればそれでいいという事だ。夜も更けた頃、兵舎の廊下を気配と足音を消して歩く。昼間、上官に呼び出しを受けた。無理に行く必要はないが、行かない理由も特にない。ならば、上官のご機嫌をわざわざ損ねるような真似をする必要もないだろう。上官の部屋の前で立ち止まり、控え目に扉を叩けば、数秒してゆっくりと扉が開く。



「ああ、よく来たね。さぁ、早く来たまえ。」



扉を開けた先で別嬪な女が居るのであれば分かるが、よくもまぁ、俺のような男を連れ込んで下卑た笑みを零せたもんだ。これからする行為が、余程、上官殿は楽しみであると見える。多少なりともこの男は俺に関心があるようだが、俺からしてみれば特に関心を置くに値しない輩だ。何を思うでもなく、促されるまま一歩足を踏み出せば、突如として頬を掴まれ、強制的に顔を上げさせられた。くそ野郎め。反射的に殴るところだったじゃねぇか。ぴくりと動いた腕が宙で固まる。上官殿はどうにも我慢が出来ないらしい。扉が開けっぱなしだというのに口吸いをするとは、呆れたもんだ。べろりと、わざとらしく唇を舐められ、仕方なしに口を開けてやる。隙間から忍び込んだ舌は好き勝手に俺の口の中で暴れては蹂躙しようと躍起になっているようだった。しつこい。疲れる。断れば良かった。最早、始まる前から嫌気がさし、これからの長い時間を如何に早く終わらせるか、そればかりを考えた。女でも相手にしているかのように舌を俺のものに絡ませて吸い付く様は、只管、頭が可笑しいんじゃないかとさえ思える。カタン。体感にしては、もう十分だろうと思える程にそうしていれば、廊下の少し離れた場所から音がした。敏感にもその音に反応を示した上官は素早く俺から離れると音のしたであろう方向を眺め、何も見えないな、と呟いている。



「……。」



確かに、この兵舎は暗い。明かりがあるとすれば、上官の部屋にある照明くらいで、扉の方もその明かりがほんの僅かに漏れている程度だ。だが、今日は満月でもある。月の明かりが兵舎の窓から入り込む。この無能な上官は暗闇を見詰めて何も見えないとのたまっているが、俺からすれば本気でそんな事を言っているのか疑いたくなった。俺の目には月明かりで薄らと照らされている女の姿がはっきりと見えている。眉を下げて目を見開き、口は固く引き結んで声を押し殺す姿まではっきりと。瞬間、血が沸騰するような高揚感に襲われた。今まで止まっていたのかと思えるくらい、どくりと忙しなく動き始めた心臓が煩く、全身に沸騰した血が巡って行く感覚。目を見開き、瞳孔を開けて瞬きも惜しんだ。驚愕や裏切り、けれどもこちらを案じるような目。



「入ろうか。」



上官が部屋へ入るよう促してくる。その言葉に頷くでもなく、ほぼ無意識に足を動かして部屋の中へ入れば、その間際、女、名前の表情が苦痛に歪んだ。思わず息を飲んで、動かしていた足が止まる。そのまま足に杭でも打たれたように動けなくなった。呼吸すら煩わしい。そうして、小さく軋む音を立てて閉まった扉を暫く呆然と見詰めていれば、上官が何事かと声を掛けてくる。



「は、はは、いえ、なんでも。」



薄ら笑いすら漏れる。花街にいる女を抱いても、ここまで興奮はしなかった。つくづく、自分は人間として欠落しているのだと感じる。あの女は悟ったのだろう。俺がこれからする事を。同時に俺が今までしていた事を。だからこそ、失望にも似た、憂いにも似た表情を張り付けた。そして、俺はそんな感情を抱いて顔を歪めた女に興奮している。あの女が俺に他とは違う感情を持っていた事を知っていた。俺自身、その感情を鬱陶しいとは思わず、寧ろ心地良いとさえ感じていた。だのに、俺は夜な夜なこうして男に抱かれている。それを知った今、俺をどう思うだろうか。軽蔑するか。失望するか。はたまた、嫉妬でもするか。どれでもいい。どれでもいいが、俺に向いた女の感情を踏み躙っているという事実に、酷く興奮する。あまりにも馬鹿げている。自分に向けられる好意を踏み躙り、それを受け入れる自分さえ裏切る様は滑稽だ。
軍服を脱げば無骨な男の手が体中を這い回り、局部を扱いている時も、口吸いをされている時も、思考は完全に飛んでいる。普段より興奮しているのか、という上官殿の言葉に薄ら笑ってやれば何を思ったか上機嫌で腰を振った。



「はぁ、あっ、尾形君っ、うっ!」



ああ、興奮しているとも。好きな女の歪んだ顔程、昂ぶらせるものはないのだと、俺はこの時になって初めて知ったのだ。