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何やら話し声の聞こえる管制室に顔を出す。その瞬間、辺りが眩い光に包まれて思わず目を瞑ってしまう。そっと目を開ける頃には、淡い水色のフードを被った男が一人。恐らく先程の光は藤丸君がレイシフトを実行したものだろうが、はて、なぜ彼は一人取り残されているのか。部屋の中央から少しズレた所で胡座をかきながら、はぁ、と溜め息を零す男に声を掛ける。



「キャスターさん。」
「ん?おぉ、嬢ちゃんか。」
「どうかしたんですか?こんな所で座り込んで。」



今更嬢ちゃんなんて呼ばれる年齢でもないのだが、彼にしてみれば私もマシュもたいして変わらない小娘なのかもしれない。私が声をかけると、彼はガシガシ頭をかきながら、あー、だとか、んー、だとか歯切れの悪い返事をする。実に珍しい。明朗快活なこの人が答えあぐねる事もあるのかと、少し驚いた。



「実はな、魔力を使い過ぎて動くのもキツいんだわ。出来れば、俺を運べる奴を呼んで欲し……。」
「なるほど。相変わらず藤丸君も無茶をするというか、何というか。今誰か呼んで」



きますね、と続く筈だった言葉は突然腕を引かれた事により出て来る事はなかった。倒れた体はキャスターさんが見事キャッチしてくれているが、驚く私を余所に、普段よりうんと近くにあるキャスターさんの顔はニヤリと笑って悪戯っ子のそれである。この顔をしているキャスターさんにいい思い出がない。今直ぐ逃げ出したいのだが、腕だけではなく、がっしりと腰まで掴まれているので、逃げるのは容易ではないだろう。彼のペースにならぬよう、平静を保って悪戯っ子の顔を見上げる。



「あの?人を呼びたいのですか?」
「そういえばよ、前から気になってたんだが。」



人の話を無視するのは如何なものだろうか。そんな私の恨みがましい視線もなんのその。キャスターさんは話を続ける。



「オルタが気に入ってる嬢ちゃんの味。」



ニタァ、と笑う顔がオルタさんとそっくりで、平静を保っていようなどと考えていた事も忘れた。無意識に顔が引き攣る。確かに私はオルタさんに魔力を分け与える時がある。オルタさん曰く、私の魔力と彼は相性が良いんだとか何とか。一方的に取られる側の私には分り得ない事だが、目の前のキャスターさんは私の魔力に興味津々だ。味の保証も出来ないし、何よりキャスターというクラスにおいて私の魔力など無いに等しいのではないか。そんな彼に魔力を取られたら私の方こそ死んでしまうのでは?この短い間にぐるぐると思考が回る。



「そう怯えるな。ちょっと味見するだけだっての。」



敗因は判断ミス。考えていないで、もがくなり暴れるなりして逃げれば良かったのだ。オルタさんと同じような所に犬歯があるなぁ、なんて呑気に構えている場合ではない。

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じくじくと痛む首筋に耐え、魔力吸われたというのにほぼ気合いで仕事をこなした事は褒められても良いのではないだろうか。だがしかし、現実とは無情である。誰も褒めてくれない上に、今日という日に限ってオルタさんが私の部屋に訪れてしまった。彼が来る理由など決まっている。そう、魔力供給だ。それ以外で彼が私の部屋に来る理由がない。運の悪い事に戦闘終わりなのか、どことなく殺気立っている。普段であれば、その殺気に怯んで魔力を分け与えるところだが、既に私の魔力は減っている。そんな状態でオルタさんに分け与えるなんて、出来る訳がない。私が分け与える事が出来るのはあくまでも自分が死なない範囲。今の彼なら私の生死など気にせず吸い取ってしまうだろう。そういう訳で、私は先程から机一つを挟んで攻防を続けているのである。



「……なんの真似だ?」
「ご、ごめんなさい!でも、今日は、今日だけは無理なんです!」



ビタンビタン、とオルタさんの尻尾が苛立たしげに地面を叩く。物が壊れないだけましかもしれないが、床が摩擦によるダメージで煤けてきている。このまま穴が空いてしまうのも、それはそれで困りものだ。困り果ててチラリとオルタさんを見上げてみたが、止めるどころか眉間に皺を寄せて額に青筋を浮かべる顔など見れたものではない。思わず息を飲んだ程である。



「誰にやった。」
「え?」
「魔力が減ってやがる。この施設で使うとも思えねぇ。なら、俺以外の誰かにお前の魔力を分け与えたと考えるのが妥当だろう。誰だ?」
「え、いやぁ……はは……。」



殺意メーターの振り切れているこの人に、キャスターのクー・フーリンさんです、なんて誰が言えるだろう。彼が悲惨な目に遭うのが目に見えている。流石に私もそこまで鬼ではない。原因が彼にあろうと、そんな寝覚めの悪い真似は出来ない。乾いた笑みを零して何とか違う話題に持ち込めないかと思案してみる。



「あ!そういえば、今日の晩ご飯はからあげ定食だそうですよ。エミヤさんが当番ですからきっと美味しいと思います。オルタさんもご飯まだですよね?もし良かったら一緒にどうですか?」
「サーヴァントに食事は必要ない。強いて言うならお前の魔力が食事だ。」



あまりにもバッサリと切り捨てられてぐうの音も出ない。墓穴掘り過ぎじゃないだろうか。全然話が変わってない。だらだらと背中を冷や汗が伝う。本来、サーヴァントであり特に俊敏性に優れている彼と、ただの人間である私が攻防戦を繰り広げられる筈はない。だが、実際こうして猶予を与えられているあたり、まだ優しさがあると言うべきなのか。言い訳なら今のうちに聞いてやるとでも言われている気がする。じろりと睨み付けてくるその瞳は瞬き一つせず、獲物から一瞬でも目を逸らさないと言わんばかりだ。



「……キャスターのクー・フーリンさんです。でも、怒らないでください。キャスターさんも魔力が尽きかけてて、それくらい藤丸君と戦っていたので。」



結局、先に白旗を上げたのは私の方だった。心の中でキャスターさんに謝りつつ、怒りの矛先がこれ以上、他の誰かに向かないよう必死に訴える。名前を聞いたオルタさんは分かり辛くはあるものの、驚いた表情をしていた。直ぐに元通り眉間に皺を寄せてしまったのだが。しかし、先程まで床を叩いていた尾はぴたりと止まり、今にも暴れ回りそうな気配もなければ殺気もない。ほっと胸を撫で下ろしていると、ぐるり、と尻尾が私の体に巻きついて体が宙に浮いた。



「えっ!?」
「お人好しも大概にしろ。」
「んぐっ!」



先程までの攻防戦は如が何に手を抜かれていたかが分かる。オルタさんがその気になれば私に近付く事など造作もなかったらしい。浮いた体は次の瞬間、尻尾にされるがままオルタさんの目の前に差し出される。唯一自由な腕で尻尾を叩いてみたり、体を捻ってみようと動いてみたりしたものの見事に玉砕。一連の私の行動を眺めていたオルタさんだが、私の頬を掴むと、無理矢理唇を押し付けてきた。魔力が減っているの事は分かっている筈なのに。取られたら本当に死んでしまうかもしれない。それは流石に困る。困るどころの話ではない。頑なに口を閉ざしていれば、べろり、とその長い舌が唇を舐めた。



「ひぅっ!?ん、ぁ……っ!」



思わず驚いて薄ら開いてしまった唇に、ここぞとばかりに舌を捻じ込まれた。ああ、本当にもう。敵わないと分かってはいるものの、ぐ、と肩を押してみる。やはり、私の抵抗など気にも留めずに舌を絡ませた。ちゅう、と舌先を吸われて、何度も角度を変えて唇を重ねられると、頭がぼんやりと重くなる。気付けば巻き付いていた尻尾は既になく、体は抱き抱えられていて、力も抜け切りされるがままになっていた。



「っ、は、明日になったら寄越せ。」
「んっ、あ、あれ?」



唇が離れて、ぐったりと体を預けていたが、どうにも魔力を取られた感じがしない。いや、多少は吸われているものの、その程度だ。根こそぎとられたとか、死にそうだとか、そんな事はない。きょとんとオルタさん見上げる。



「お前の味は俺だけが知っていればいい。他の奴には渡すな。」



ふん、とどこか満足気に、そして珍しく口角を上げて笑ってみせるのだった。