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「うおっ!?お前その髪っ!」
「お?エースなのに気付いたの?」
「俺なのにってどういう事だよ。ンなことよりも、かなり切ったじゃねェか。どうしたんだよ。」



久しぶりに長い航海を終え、立ち寄った島は賑わいのある港町のようで、観光客から俺達みたいな海賊、それ以外にも商人なんかでごった返していた。海賊の俺達が言えた義理じゃねェが、こういう賑やかな港町ってのは大抵ゴロツキや犯罪者も多く、お世辞にも治安が良いとは言えねェ。それなのに名前の奴ときたら珍しく我先にと島に上陸し、何時間も帰って来ねェから何かあったんじゃねェかと心配していた矢先の事だ。毎日のように潮風に靡いていた髪は今やすっかり短くなり、毛先が肩につく程度になっている。確かに女の細かい変化なんかにゃ気付かねェ方だが、さすがにこれだけ髪がなくなってりゃ気付くぞ。失礼な奴だな。驚いていれば、名前は何事もなかったかのように髪を切ってきたという。



「次の島に着いたら切ろうと思ってて。少しでも短い方が明らかに女って分かるより安全かと思ってね。この前も、思いっきり髪掴まれて逃げ損ねたし。」



元々あまり感情が表に出ないタイプの名前だが、最近はだいぶ読める様になってきた。なんて事なさそうな顔をしているが、かなりこの前の事を気にしているらしい。その証拠に無表情に見える眉がよく見れば少しだけ八の字に下がってる。この島に着く一週間くらい前、命知らずの海賊が俺達白ひげ海賊団に喧嘩をふっかけてきやがって、勿論俺達は応戦。大した戦力を投入するまでもなく敵船を鎮圧し、乗っていた財宝や食料なんかを物色していた。そこには名前もいて、使えそうな物を俺と一緒に探し回っていたんだが、その時、往生際の悪い向こうの海賊に髪を思い切り引っ張られて人質に。まァ、そんな奴は俺が直ぐにのしてやったが、命の駆け引きなんてない平和な世界で暮らしていた名前はだいぶ堪えたらしい。この事件以来、名前は髪を結んで、あんまり自分の髪を見ないようにしていたように思う。せっかく綺麗な髪だったのに。手を伸ばして短くなったその髪を梳いた。あぁ、勿体ねェな。



「悪ィな。怖かったろ。」
「……エースのせいじゃないよ。怖かったけど、自分の身も守れない私に非があるだけ。気にしないで。」



今まで平和な世界で暮らしていて、俺達みたいな戦闘の勘がそう簡単に身に付く訳もねェ。全く気ィばっかり強くていけねェな。口をへの字にしてぶすくれていれば、名前は何で俺が拗ねてんのか分からねェという表情を顔に張り付けた。俺達が難しく考え過ぎてただけで意外とこいつ分かりやすいんじゃねェか?



「俺ァ、二番隊隊長だぞ?その部下のお前が危ない目に遭ったら助けるのは当たり前だろうが。お前が人質にされたのも、俺が確認を怠ったせいだ。だから、今度からあんな思いはさせねェ。約束する。」



ぐしゃぐしゃと乱暴に頭を撫でる。髪型が崩れるだとか何だとか聞こえたが、この際無視だ。俺だって、名前が人質に取られた時すげェ焦った。それに、多分怖かったんじゃねェかな。自分の事なのによく分かんねェが、一瞬だけ全身固まって寒気がした。身を守る術さえ知らない名前じゃあ、俺にとってどんなに弱い海賊だろうが、簡単に殺されちまう。あの一瞬、本当に俺も肝が冷えた。だから、これは自分への戒めでもある。もうあんな思いはさせねェ。



「髪、伸ばせよ。」



元々、せっかく伸ばした髪だと言っていた。俺達は海賊なんだ。好きな様にやりゃいい。何かに縛られて、自分のしたい事も出来ねェなんて、そんなのつまらねェ。頭から手を離すと、名前が俺を見上げる。



「ありがとう。」



そんな風に笑えたのかよ。安心しきったそのだらしない笑顔を見ていたら、つられて俺も笑っちまった。