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→マフィアパロ



頭を撫でられる感覚に薄ら目を開ける。行って来る、という声と触れるだけのキスを額に落として扉の閉められる音がした。それを聞いてから両手をベッドについて体を起こす。両手首を手錠で繋がれているせいで、毎度の事ながら起きにくかった。私は松野カラ松という男に監禁されている。どうして私を側におきたがるのか甚だ疑問だが、分かった事は彼が裏社会の人間で、そこそこ地位があり、裏社会でも有名な権力を持っているという事くらいだ。上等な黒いスーツとカラーシャツ、派手な装飾品を身につけて出て行く姿を見れば、何となく察しはつくというものだが。私が一人、この広いようで狭い部屋に取り残されたところで、暇が待ち構えている訳ではない。彼が"仕事"をしている間に私は彼の帰りを最善の状態で出迎える準備をしなければいけない。起き上がって、もたもたと顔を洗い、髪を整えていれば何人もの女性が部屋に入ってきて、私の身の回りの世話を始める。もたもたと櫛で梳かしていた髪を整えて、用意された服を着て、作ってもらった朝食を食べて、その間にベッドメイキングから部屋の掃除が済まされる。軽く化粧を済ませて身支度が整えばエステやマッサージにつれていかれて、ネイルなんかを施される日もあった。私が"普通"の生活を送っていれば、エステもマッサージもネイルも喜んでいたかもしれないが、義務化してしまえば何も楽しい事などない。成されるがままを何となく過ごして、彼が帰ってくれば、その時の気分に合わせてセックスをしたり、お喋りな彼の話を聞いたり。まるで自分は奴隷だと思った。



「ただいま、ハニー。今日も一段と美しいな。」



意気揚々と姿を見せる男に私は愛想笑いすらせずにただ黙って死んだ目を向けるだけなのに、男は歯の浮く台詞を平然と言ってのける。私を抱き締めてキスをして、心底嬉しそうに笑う。不思議だ。いくら着飾っているからといえど、死んだ目をして愛想もなく黙っているだけの女なんて側におきたいと思うだろうか。私が男なら絶対側におきたくないし、なんだったら今の私の顔なんて覇気がなくて気味が悪いとさえ思える。煙草と香水と、血生臭い臭いに、私も死んでしまおうかと思った。ただ性処理の道具として使われるなんて耐えられない。もっと自由に生きたい。身支度だって一人で整えられるし、ご飯だって自分で作れる。服だって好きな物を選んで買いたいし、自分で稼いだ何のわだかまりのないお金で好きな物を買いたい。こんな狭い家の中で一生過ごすなんて気が狂う。それならいっそ、狂う前に。



「……ここから、出して、ください。」
「ん?どうしたんだ、突然。」
「突然なんかじゃないです。ずっと思っていました。貴方が怖いから言えなかっただけです。でも、もう気が狂いそうです。貴方に性処理の道具として使われるだけの一生なんて考えるだけでどうにかなりそうなんです。出してください。家に帰りたいんです。」



怒るだろうか。まさか黙って帰してくれる訳もない。中途半端に暴力を振るわれるのは嫌だ。それならいっそ、殺してくれた方がましだ。綺麗にベッドメイクされたシーツを握り締めて、これから襲われるであろう恐怖に耐える。



「そうか。済まなかった。確かに、こんな狭い所で生活をさせるのが間違っていた。これからはもっと名前の羽を伸ばせるようにする。」
「……え?あの、だから、私は家に帰りたいんです。貴方のいいようにされるのはもう嫌だって言ってるんです。」
「家に帰すのは無理だ。他のファミリーに狙われる可能性が高過ぎる。表の人間と裏の人間とじゃ、俺がお前に会えなくなるだろうし。それに、名前は何かを勘違いしているようだが、俺はお前を性処理の道具だなんて考えた事はないし、勿論愛人なんかの部類で考えた事もない。俺はお前を愛しているから一人占めがしたくて、こうして閉じ込めていたんだが、お前がそんなに嫌ならもうしない。」



殺される覚悟で発した言葉は、すんなりと受け入れられてしまった。それどころか、愛してるだの何だの言い始めた目の前の男に唖然と口を開けて見詰める事しか出来ない。そんな私をおいていくように、あれこれと今後の計画を口にし出す男は私の事などおかまいなしだった。



「そうだな、明日は夜景の綺麗なレストランに行こう。それに、兄弟にも実は紹介したいと思っていたんだ。あ!だが、あいつらはすぐ手を出そうとしてくるから俺の側から離れるなよ。ショッピングにも行こう。お洒落くらい楽しみたかっただろうに、今まで気付かなくて済まなかった。この俺が荷物持ちなんて贅沢だろう?楽しみにしていてくれ。退屈はさせない。」



ベッドから腰を上げた男が、床に膝をつくと、恭しく私の手をとって掌にキスをする。なんてキザな真似をしてくれているんだろうか。鳥肌たった。思わず手を引っ込めると、ハニーは照れ屋だな、なんて恐ろしくポジティブな事を言うものだから、今まで抱いていた恐怖心などなかったかのように呆れてしまった。碌に知らない男の事を信じる事など出来ないし、監禁をされている時点で信用などするに値する人間ではないのだが、少しだけ、警戒心は緩んでしまったような気がする。