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→マフィアパロ



「嘘は嫌いなんだ。」



蛇に睨まれた蛙の如く体が動かなかった。息をするのがやっとで、逃げるとか抵抗するとか、そんな事は頭になかった。高級品であろう革靴を鳴らしながら男は目の前でしゃがみ込むと、片手で拳銃を弄びながらじっとりと私に視線を向ける。



「俺はハニーのする事なら大抵何だって許してやる。それは君が許してやれる範囲を弁えてるからだ。しかし、今回の件は頂けないな。これは俺への裏切り行為じゃないのか?なぁ、ハニー。」



ガチャリと重々しい音を立てて銃口が顎の下に当てられる。いよいよ呼吸すらまともに出来ず、ひゅーひゅーと喉が鳴った。子供みたいにぼろぼろ涙を零し体を震わせる。自分ですら聞き取れないようなか細い声でごめんなさいと謝罪の言葉を繰り返すも、目の前の男はじとりとした目で私を睨む事を止めなかった。



「泣かないでくれ、ハニー。俺は謝って欲しいんじゃない。説明をして欲しいんだ。どうしてこいつの逃亡の手伝いをしたのか。」



そう言って突き付けられた銃口が私のすぐ隣に向けられた。かと思えば耳をつんざく音が響いて、びしゃ、と頬や肩に血が飛び散る。私が働くこの工場は違法労働のオンパレードで、一度働けば逃げる事が許されない。就職してしまえば手を洗う事など出来ず、正に会社に骨を埋めるしかない。だから、時々逃亡者が出て来る。この生活に耐えられないとか、待ってる人がいるとか、理由は様々だ。そんな逃亡者を普段なら遠巻きに見るだけなのだが、今回はたまたま知り合いで、たまたま話を聞いて同情してしまって、たまたま逃亡を手伝ってやろうという気になっただけで、目の前の男がいうような裏切り行為を働いた自覚はない。結局、その逃亡計画も失敗して、私の目の前で彼は拳銃を突き付けてくるこの男に殺されてしまったのだが。



「ごめ、なさ……。この人、待ってる人が、いるからって……だから……」
「そうか。ハニーは優しいんだな。だが、こいつの言う事が本当である確信はないだろう?騙されているかもしれない。そんな言葉に踊らされるなんていけない子だ。」



再び銃口が向けられる。死ぬかもしれない。いや、この緊張状態がいつまでも続くのであれば、死んでしまった方が楽なのかもしれない。ごめんなさいごめんなさいと繰り返しながら、だんだん謝ってる意味も分からなくなってきた。



「ハニー、誰にでも失敗はある。そう気に病む事じゃない。ただ、俺はこの男に妬いてるんだ。君に情けをかけてもらえて、一時でも君の思考を支配したこの男を殺してしまうほど。なぁ、ご機嫌の取り方は分かるか?」



ぬるりとした舌が頬についた血を舐める。びくりと体が跳ねたが、男はそのまま私の体を床に押し付けて口角を上げた。



「その口で愛を囁けるよな?その手で俺を抱き締められるよな?その体で俺を受け入れられるよな?」



制服の裾から直に腹部を撫でられる。ぞわぞわと鳥肌が立った。逃げたいと言った亡き彼が悪いのか。同情してしまった自分がただただ愚かなのか。返事を急かす様な銃声と動く筈のない彼の体が衝撃で跳ねるのを見ると、否定なんて出来なかった。