長谷部伯父さんを労いたい姪っ子



伯父さんの携帯に電話が掛かってくるのは珍しい事じゃない。いろんな人からよく電話が掛かってきて、いつも忙しそうだ。けれど、今日の電話はいつもと違う。眉間に皺を寄せるでもなく、てきぱきと指示を出す訳でもなく、穏やかな表情をしたまま、時折、ちらちらと私を見る。一体なんだろう。首を傾げていれば、手招きをされて伯父さん座るソファーの隣に座った。



「お前の父さんからだ。」
「お父さん!」



携帯を耳にあてられて、薄っぺらい機械を握り締める。そこからは久しぶりに聞いた、どこか伯父さんに似ているお父さんの声がした。元気にしているか、伯父さんに迷惑を掛けていないか、何か変わった事はあったか。ありきたりな会話かもしれないが、私はその質問一つ一つに余計なくらい言葉を付けたして返事をした。脈絡や突拍子のない言葉でさえも面倒がらずに耳を傾けてくれるところは、お父さんも伯父さんも同じで、だから私はお父さんも伯父さんも大好きだ。自然と笑顔が零れる中、お父さんが安心したように言葉を漏らす。伯父さんに何かお礼をしないといけないな、と言いながら。



「お礼……。」



ぽつりと呟いた後に、伯父さんと変わる様にと促されて携帯を伯父さんへと返す。その後も、お父さんと伯父さんは何やら話し込んでいたようだが、私にはお礼という言葉がぐるぐると頭の中を駆け巡っていた。確かに、伯父さんには良くしてもらっているから、お礼をするのは当然だ。しかし、何をしていいか分からない。お小遣いもそんなにないし、高価な物は変えない。かといって、折角のお礼を子供だましのようなもので済ませるのは自分が納得出来ない。眉間に皺を寄せて悩んでいれば、さっさと寝ろ、と伯父さんに怒られてしまった。

***

結局、一人で悩んでいても埒があかない。いつものように神社へと遊びに来た私は石切丸さんと青江さんに相談してみたのだが、二人共、何を貰っても嬉しいと言う。そういう何でも、が一番困るのだ。眉間に皺を寄せながら、砂利道で小石の間を縫って進む蟻を眺めた。すると、目の前が少し暗くなって影が落ちる。誰かが私の目の前に立っている証拠で、反射的に顔を上げると、そこには近所の小夜君がいた。



「何してるの。」
「いじけてる。」



ぶす、と頬を膨らませてみれば、小夜君は余計に混乱したような表情をしながら、私の目の前にしゃがみ込んだ。最初こそポーカーフェイスの上手な子だと思っていた小夜君だが、よくよく見ると案外そうでもない。今だって、私が拗ねていると分かると少し焦ったように私を慰めてくれる。勿論、小夜君に対して怒っているなんて事はなく、不機嫌は露わにしたまま拗ねている理由を説明すれば、少しだけ表情を曇らせた。どうやら、小夜君なりにお礼をどうするべきなのか考えてくれているらしい。小石の間を縫って進む蟻は、どこから持って来たのか大きな獲物を運んでいる。きっと、これなら女王蟻も大喜びだろう。私も伯父さんが喜んでくれるようなお礼がしたいだけなのに。うーん、と小夜君と一緒になって頭を捻る。



「……僕は、一緒にご飯、作ったよ。」
「ご飯?」
「うん。二人と一緒にだけど。でも、すごく、よろこんでくれた。」



照れくさそうに俯いた小夜君はどこか嬉しそうだった。

***

休日になると、伯父さんは私が起こすまで眠っている人だった。私自身、特別に早起きではなかったが、子供の起きる時間というのは、もしかしたら伯父さんにとって早かったかもしれないと今では思う。しかし、当時の私はそこまで頭が回らず、まだ眠そうな伯父さんを無理矢理起こして朝の支度を済ませてから、スーパーへと連れ出した。



「お前、そんなにカレーが食べたかったのか……。」
「ちがう。りょうりしてみたいの。」
「そうか……。」



眠気眼を擦っている伯父さんは平日よりも少しだらしない。適当に着替えた服にセンスがあるのかどうか分からないが、外に出れる格好だから良しとしよう。欠伸を押し殺している伯父さんはのろのろとカートを押していて、私はその側で必要な材料を籠に詰める。時折、お菓子に目移りしそうにもなったが、今回は伯父さんにお礼をする事が目的で、お菓子を買ってもらう為にスーパーに来ている訳ではないので我慢だ。お菓子の陳列されている棚は見ないようにして、レジへと進んむ。



「お菓子はいらないのか?」
「いらな、い!」



既にこの時点で怪しまれている気がしないでもないが、出来る事ならば直前まで内緒にしておきたい。不思議そうに私を見る伯父さんから顔を逸らした。伯父さんは尚も私の事を訝しげに見ていたけれど、精算が終わってしまえば、それもなくなった。じゃがいもや肉の詰まった袋を片手にスーパーを出る。私が飛び出さないようになのか、伯父さんはいつも道路側を歩いてくれていた。アパートに着く頃には、ようやく伯父さんも覚醒したのか、先程までのだらしなさなど微塵も感じない。机の上に買ってきた材料を並べながら、包丁とまな板を用意する。残念な事に、料理をする予定などなかった為、私用のエプロンはない。伯父さんのを借り、引き摺ってしまう袖は縛ったりして準備を整えた。ほとんど料理などした経験はなく、わくわくと胸を躍らせながら机に手をついてぴょんぴょん跳ねた。



「なにからやるの?」
「そうだな。まぁ、お前には皮を剥いてもらうか。」



そう言って手渡されたのはピーラー。包丁を握りたかった分、少しだけ残念に思いながらも、じゃがいもを手にとって上下に動かした。伯父さんはといえば、私の様子を見ながらも包丁でじゃがいもの皮を剥いている。料理は下手だと思っていたが、案外器用だ。その様子に目を奪われていれば、伯父さんの手が止まる。



「よそ見はするなよ。怪我をする。」



は、と我に返り手元のしゃがいもの皮を剥く事に集中する。ピーラーを使っているのに、じゃがいもの凹凸のせいで案外剥きにくいものだ。悪戦苦闘しているうちに、伯父さんが素早く次のしゃがいもの皮まで剥いてしまったので、じゃがいもの皮向きは一つで終わってしまった。そんな調子でカレーの準備をしていれば、昼食の時間が近付いてくる。材料を切り終わり、順番に鍋の中へと放り込んで混ぜていると、料理をしていると実感した。



「混ぜたら水を入れてルーを溶かしたら完成だ。」
「あとは私がやる!」
「そうか。気をつけろよ。」



ガスコンロの前で得意げな顔を見せる私に、伯父さんは可笑しそうに笑っていた。キッチンテーブルに腰を掛けながら、頬杖をついてこちらの様子を見守る様はどこからどう見ても良いお父さんの図だったと思う。パッケージに書かれている通りの水を入れ、煮立たせてから割ったルーを溶かす。普段から見る色の食べ物が出来あがった事に満足した私は得意げな表情をしながら伯父さんに顔を向けた。



「できた!」
「ああ、上手くいったな。」
「あ!伯父さんはちょっとあっち行ってて!」
「?」



伯父さんの背中を押してキッチンから追い出す。そんなに広い部屋ではないので、あまり距離は取れないが、僅かな抵抗というもの。そそくさとキッチンに戻り、お椀にご飯を詰めてお皿の上に乗せた。綺麗な丸型になったところで、海苔を使って装飾。この装飾も実際にやって喜ばれた小夜君のアドバイスを参考にしている。しかし、やってみると案外難しいもので、作り終えるまでに30分は掛かった気がする。何度か伯父さんがキッチンへと足を踏み込みそうになるのを必死に阻止して、なんとか完成する頃には、既にご飯が冷めていたが、幼い私にそれを気遣う程の余裕はなかった。カレーをよそって、今度は伯父さんの腕を掴みながら急いでキッチンの机に座らせる。



「お、おい、なんだ?もういいのか?」
「うん!」



キッチンを追い出された伯父さんは新聞に目を通していたが、そんな事はいざ知らず。無理矢理連れ戻していそいそと伯父さんの目の前にカレーを差し出した。一瞬、眉間に皺を寄せてカレーを凝視していたので、あまり気に入らなかったのかと思ったが、どうやら海苔で形作られている物が何か理解出来ていなかっただけらしい。伯父さんを象った事に気付くと、真顔を保とうとしながらも口元が緩んでいる。



「伯父さんにお礼です!いつもありがとう!」



腕にしがみ付きながら、どう?と反応を窺う私に伯父さんはわしゃわしゃと頭を撫でて、小さくありがとう、と言った。



(見ろ、光忠。名前が俺に作ったカレーだ)
(長谷部君、独身の筈なのにお父さんっぽさ増したね)




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