光忠と大倶利伽羅の情事に遭遇してしまった。3



ここ最近、大倶利伽羅が私の部屋に入り浸るようになった。私に用がある訳でもなければ、近侍でもない。ただ私の後ろで本を読んだり、どこからか連れて来た猫を撫でていたり、お昼寝をしていたり。私の部屋にいる必要があるのか気になるところだが、邪魔をされている訳でもない。寧ろ、人に見られているという意識から仕事が捗るので、特に気にも止めずにいた。



「おい、暫く部屋にいろ。」
「え?」



つい数分前まで、座布団を枕にして猫と寝ていたかと思ったら、突然起き上がり、そう言うだけ言うと部屋を出て行ってしまった。振り返り、唖然としたままその後ろ姿を見送っていれば、ぴしゃん、と障子を閉じられる。まるで機嫌を損ねているような態度に少し不安になった。私はただ仕事をしていただけで、何かしたつもりはない。大倶利伽羅だってただ寝ていただけなのに、機嫌を損ねる理由が分からない。頭を捻らせても特に思い当たる節もなく、大倶利伽羅に置いて行かれた猫を持ち上げて、先程まで大倶利伽羅の寝ていた場所に寝転んだ。



「なんで怒ってるんだろうね。」



猫は不機嫌そうにだみ声を上げるだけだった。

***

出陣、遠征、内番、それぞれの当番を近侍の蛍丸に伝えた。既に朝の支度も終わり、午前中の業務に取り掛かろうとパソコンを起動し、文机の上に必要な書類やペンを上げればずかずかと大きな足音を立てながら大倶利伽羅が障子を勢いよく開ける。驚いて振り返れば、普段の仏頂面からは想像も出来ない程、眉間に皺を寄せて怒りを露わにしていた。



「おい!どうして俺が遠征なんだ。」
「どうしてって、今日がたまたま大倶利伽羅の当番だからなんだけど……。」
「光忠と変えろ。」



今にも胸倉を掴まれそうな雰囲気だが、何も間違った事は言っていない。全員に出陣、遠征、内番が順番に回るよう割り振っているのだから、いつかは大倶利伽羅にだって遠征当番が回って来る。理由があるなら別だが、我が儘で当番を変えていたら誰かが割を食う。そんな事、大倶利伽羅だって分かっている筈なのに、どうして今更そんな我が儘を。今までだって遠征当番の時はあったが、文句一つ言わなかったのに。困惑しながらも、一先ず光忠の当番を見れば内番と書かれている。そんなに内番がやりたかったのだろうか。どうせ直ぐに回って来るのに。余計に私は混乱するばかりだ。



「長篠城攻城戦だし、そう時間は掛らないと思うよ。」
「あんたはっ!……自分の置かれてる状況にもっと目を向けろ。」



そう吐き捨てると、来た時同様、大きな足音を立てながら部屋を出て行く。取り残された私は唖然と部屋で立ち尽くしていたが、蛍丸が心配そうに声を掛けてくれたので我に返る事が出来た。何だか、最近は大倶利伽羅に怒られてばかりだ。そう思うと、仕事もあまり進まない。どうにも怒って出て行った大倶利伽羅の事が気になって上の空になってしまう。溜め息を吐いても状況は変わらない。お昼になれば帰って来る筈だし、その時にちゃんと話せばいいと頭では理解していても心が追い付かない。気分転換の為に部屋から出ようと障子を開ければ、内番終わりの光忠に遭遇した。



「ちょうど良かった。今、時間いいかな?」
「いいよ。」
「じゃあ、お邪魔するよ。」



結局、私は部屋から出る事はなく光忠を招くだけに終わった。座布団を2枚と小さなちゃぶ台を取り出そうとすれば、後ろから光忠が覆いかぶさって来る。背中の重さに呻けば、光忠の腕が腰に回って動きが制限された。お茶を出して疲れを労ってやろうという私の好意を、わざわざ無碍にするような真似をしなくてもいいだろうに。少しだけ、むっ、として振り返ると、いつかの時と似たような、にやにやした笑みを浮かべていた。嫌な予感がして今更ながら暴れようと思ったが時既に遅し。体を持ち上げられたかと思えば、畳の上に押し倒されてしまった。



「大倶利伽羅が心配するのも無理ないよね。名前ちゃん自身に自分を守る気がないんだから。」
「退いて。離して。触らないで。」
「酷い言われようだなぁ。別に取って食おうって訳じゃないよ。」



前科二犯の奴が何を言っても信用に欠ける。本気でじたばた暴れてみれば、流石に両手足を抑え込むのに苦労するようで以前のように手を出される事はなかった。二人ならいざ知らず、一人ならまだ抵抗の余地はある。そう確信し、私を押し倒す光忠を睨みつければ、それでも余裕そうに笑みを浮かべていた。



「大倶利伽羅は口下手だから、君は気付かなかったと思うんだけど、こうして僕と君が二人っきりにならないよう必死だったんだよ。僕が君にちょっかいかけないようにってね。それなのに、君が大倶利伽羅に遠征を命じるんだから、そりゃあ怒るよね。」



ここ最近、大倶利伽羅が私の部屋に入り浸っていたのも、今日怒られたのも、思い返せばそうだったのかと頷かざるを得ない。光忠の話が本当ならば、大倶利伽羅の不自然な行動にはだいたい合点がいくのだ。そして、光忠が私を押し倒している現状からして、大倶利伽羅の予想は的中していたと言っていい。それなのに、私はその心遣いを無碍にしてしまっていたのか。怒られるのも無理はない。申し訳なさに落ち込んでいれば、光忠の手が服の中に伸びて来る。無意識のうちにその手を掴んで払い退けた。



「大倶利伽羅の為にも、僕が身を持って教えてあげるからね!」



大きなお世話過ぎる。何がスイッチになったのか知らないが、先程よりも俄然乗り気になってしまった光忠の顔を両手で押し退けて両足を使って全力でもがく。それでも、光忠の方が若干有利になってしまうのは、単純に力の差なのだろう。そもそも、これだけ全力で拒否しているというのに、未だに襲おうとしている光忠の根性も中々のものだ。諦めたり、落ち込んだりして欲しいんだが。ぜぇはぁ言いながら、全力で拒否の意を示していれば、ドタバタと私の部屋へと向かって来る足音が聞こえて、次の瞬間にはスパーン、と障子が勢い良く開いた。



「光忠っ!!!」
「わっ!大倶利伽羅早いね!お帰り。」
「名前には手を出すなと言った筈だ!」
「まだ出してないよ。」



走って来たのか、息を荒げながら鬼の様な形相で部屋に入って来た大倶利伽羅が光忠の胸倉を掴んだ。光忠はまるで慣れっ子と言わんばかりに両手を上げて降参の意を示しながら笑って誤魔化している。そんな二人を唖然と見上げながら、僅かな意識で乱れた衣服を整えた。光忠に襲われそうになった事は事実だが、私が大倶利伽羅の忠告に気付けなかった事も悪いのだ。このまま二人の仲が悪くなるのも忍びない。慌てて仲裁に入ろうかと思えば、にこにこと笑顔を浮かべた光忠は既に大倶利伽羅からは解放されており、悪びれる様子を一切見せずに部屋から出て行った。一体何しに来たんだ、あいつは。部屋の向こうに行ってしまったであろう光忠に呆れていれば、大倶利伽羅がずかずかと私の目の前に歩いて来る。その雰囲気に気圧されて座ったままであるにも関わらずに腕だけで何とか後ずされば、行く手を阻むようにして腕を突き出された。所謂、壁ドンというやつなのだが、如何せん、壁が凹んでしまっているので黄色い声を上げて騒ぐどころではない。



「……。」
「ご、ごめ、ごめんなさい!」
「謝れと言った覚えはない。」



ぎろり、とその眼光だけで人間一人くらい殺せるのではないかと思った。いつになく怒っている大倶利伽羅に、何を言っていいか、何をしていいかも分からず自然と体が縮こまる。咄嗟に謝りはしたが、それで許してくれているとは到底思えない。半分は光忠のせいだが、半分は勿論私が原因だ。どうする事が、今、最善なのか。ぐるぐると頭を働かせたところで良いアイディアなど浮かんでこない。そうこうしている内に、私の顔の横にあった大倶利伽羅の手が離れていく。離れる瞬間、壁の木材がパラパラと崩れる音が聞こえて、思わず息を飲んだ。



「大倶利伽羅が心配してくれてたのに、全然、気付かなくて……。」



ちらりと視線を上げれば、金色の瞳が私を見下ろしている。持ち上げられた腕が近付いてきて、もしかして殴られるのではないか。そう思った私は咄嗟に目を瞑って、来たる衝撃に備えた。しかし、私の予想とは外れて衝撃が来る事はなかった。それどころか、先程の態度からは決して想像も出来ないような、まるで壊れ物でも扱うようなに抱き締められている。



「あんたが無事なら、それでいい。」



自分の事ではないような気がして、間抜けにもぽかん、と口を開けたまま唖然としていた。頭が追い付かず、どうして抱き締められているのかも分からない。けれども、胸のあたりがぽかぽかするという事だけは分かった。いつものように落ち着いた声音が聞こえるだけで凄く安心する。自分の愚行を許されたからだろうか。それにしたって、何かが満たされるようなこの気持ちは何だというのか。恐る恐る背中に腕を回してみると、私を抱き締める力が強くなった。それだけで、心臓が忙しなく動き出す。



「私、大倶利伽羅の事が好きかもしれない。」
「……今更だな。好きじゃなかったら、こんな事するか。」



ごもっともだった。いつものように無愛想ではあるが、満更でもなさそうに口角が上がっているし、何よりも耳が真っ赤になってるのが喜んでいる証拠だろう。それが私も嬉しくて、照れ隠しをするように笑っていれば、ちゅ、とリップ音を立てて唇が重なった。それに応えるようにして大倶利伽羅に縋りつけば、啄ばむ様なキスを何度もしてくれる。それが、段々と深いものになるのは時間の問題で、舌が口内を荒らす頃にはすっかり体の力が抜けて息が上がり切っていた。



「んっ、ふぁ、ま、って…!」
「……まだ何かあるのか?」
「まだ昼間だし、人が来ちゃうから……。」
「人払いならしておくから、気にしなくて良いよ。」



二人きりだと思っていた空間に、思わぬ声が響いてそちらの方に視線を遣った。そこには障子を少しだけ開けてこちらの様子をにこにこと窺っている光忠がいたのだが、どうせなら変に声を掛けずに空気を読んで欲しかった。最早隠しもせず、盛大に舌打ちをする大倶利伽羅の気持ちが分からないでもない。二人の初夜は見届けないとね、とか何とか言っている光忠に、初夜も何もあったものじゃないと思いながら、乱れた衣服を整えるのだった。




「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -