現代に帰省したら長谷部が着いてきた



「あ、あの、主……。すみません。勝手な真似を……。」



フローリングの上で正座をしながら、恐る恐る私を見上げる長谷部に溜め息を吐く。今朝、私は確かに長谷部に本丸を任せて久しぶりに現世へと帰って来た。数ヶ月に一度、現世に戻る事が許されており、その間に医者に行ったり友達に会ったりとリフレッシュ休暇のようなものが設けられている。それを利用して、今日から3日間は現世で医者に通ったり服を買ったりと必要な事を済ませてしまおうと思っていた。その間、審神者不在の本丸では近侍に統括を任せて遠征内番を任せた筈なのだが、その近侍である長谷部がなぜか現世にいるのだから困ったものだ。誰かしらが本丸をまとめてはくれるだろうが、勝手な行動は団体生活を送る上で慎んでもらわなければならない。普段から私の手伝いをしてくれて、出陣に出しても申し分ない成績を持ち帰る長谷部だけれど、甘やかしてはいけない。仁王立ちのまま腕を組み、顔を強張らせて長谷部を見下ろした。



「なんで着いて来たの?本丸を任せるって、私言ったよね?」
「は、はい。ですが、その、どうしても主のお側に、いたくて……。それに、主お一人では何かあった時に心配で……。」



そんな可愛い事言ったって駄目だ。他の子達に示しがつかない。ついつい許してしまいそうになる自分を叱咤して、にやけそうになる頬を手で隠した。私よりも大きな図体をしているくせに、今はしょんぼりと落ち込んで縮こまっている様がまた可愛い。いや、そういう事じゃない。ごほん、と咳払いを一つして、にやける頬を何とか誤魔化した。



「なら、買い物に付き合って。」
「! 主命とあらば!」



理性とは反対に、口からは本心が漏れる。他の子達に示しがつかないのは今に始まった話じゃないし、皆も分かってくれるからもういいや。

***

流石に武装したままの姿で現代を練り歩く訳にはいかない。父親のスーツを借りて長谷部に着せれば、ぴったりとまではいかないが、先程よりは現世に馴染めたので、そのまま出掛ける事にした。スーツを選んだのは、まともな男物の服がそれしかなかったからである。長谷部はといえば、光忠の装いに似ていますね、なんて感想を漏らしていた。街に出れば、初めて見る物ばかりなのか、きょろきょろと辺りを忙しなく眺めている。しかし、私にもあまり時間がない。三日間という短い時間の中では出来る事など限られている。長谷部が私の後ろをぴったり着いて来ている事を確認してから、黙々と買い物を続けた。



「ごめんね。連れ回しちゃって。」
「い、いえ。そのような事は。」
「無理しなくていいよ。疲れた顔してる。ちょっとそこで待ってて。」



どれだけの間、お店を回っていただろうか。散々買い物に連れ回し、気付けば長谷部の腕には私が買い込んだ服や鞄の袋だらけになっていた。最初こそ、自分で持ち歩いていた筈なのだが、さり気ない長谷部の気遣いのお陰で、気付いたら私の荷物は全て長谷部の手の中にあったのである。普段であれば、万屋に行って両手に荷物を持っても疲れた表情一つ見せず、寧ろ嬉しそうに柔らかな表情を見せている長谷部だが、人に酔ったのか、慣れない環境に疲れたのか、はたまた両方か。その表情には流石に疲れが見てとれた。いくら時間がないとはいえど、無理をさせたかもしれない。初めての現世に戸惑う事の方が多いだろうし。げっそりしている長谷部を適当なベンチに座らせて、近くのお店で珈琲を頼む事にした。休憩も必要だろう。自分に言い聞かせ、二つ分の珈琲を両手に持って長谷部の待つベンチまで歩いていれば、少し遠くから長谷部が不安そうにきょろきょろと周囲を見回している様子が見えた。スーツを着込んだ美丈夫が不安そうにしている様というのは、中々見れる光景ではない。申し訳ないとは思いながらも、思わず一人で笑いそうになるのを堪えながら、暫くその様子を眺めていた。すると、二人組の女性が長谷部に話し掛ける。所謂、逆ナンというやつだ。そりゃ、あれだけ顔の整っていてスーツの似合う男を放っておく筈もないか。妙に納得しながら、もう少しだけ長谷部の様子を窺う事にした。



「は?なんだ、お前達……。」



どうやら、自分が話し掛けられたとは思わなかったらしい。女性達が長谷部の肩を軽く叩いた事でようやく気がついたようだが、現世に慣れていない分、普段よりも眉間に刻まれている皺が深い。そんな長谷部に怯む事なく、ぺらぺらと喋りつづける女性達の精神の強さ、見習いたい。その間、長谷部は特に話は聞いていないようで、きょろきょろと周囲を見渡して私の帰りを待っているようだ。その様子が可愛いやら面白いやら。いつ助け船を出そうか迷っていれば、女性の一人が長谷部の手を掴んだ。どうやら、強引にでもデートに誘いたいらしい。流石、逆ナンするだけはある。どうやら、長谷部も女性の行動には驚いたようで、動揺したように声を上げている。普段ならばまだしも、馴染みのない現代で逆ナンなどされてどう対処していいのかもよく分からないのだろう。いい加減、面白がっていないで助けにいった方がいいかもしれない。にやにや笑っていた顔を引き締めて、珈琲を零さないよう急いで長谷部の元まで走った。



「すみません、その人、私の連れなので。勝手に連れて行かないでください。」



私よりも背の高くてスレンダーなお姉さん達は私を見付けるなり、作り笑顔を見せて去って行ってしまった。そんな女性達の姿を見送り、長谷部へと視線を戻せば、頬を赤く染めてぼうっと私の事を見上げている。なんだろうか、この反応は。不思議に思っていれば、勢い良く腰に腕が伸びて来て、そのまま引き寄せられる。蓋を貰わなかった珈琲が零れるかと思った。



「ちょ、あぶ、危ない!」
「ああ!主!貴方なら俺を助けてくださると信じていました!一生涯、貴方に尽くします!どうか、俺を一番の臣下としてお側に置いてくださいね!」



突然抱き着かれて、主などと大声で叫ばれたが最後、その場に留まっていられる筈もない。逆ナンを面白がって遠くから見ていたのは確かに私だが、こんな仕打ちが待ち受けている等とは思いもしなかった。無理矢理長谷部を引き剥がし、急いでその場を後にした。上機嫌な長谷部は荷物を持っているというのに私よりも走るのが早い。どういう事なの。



(主、主。今度は連れではなく、恋人、と言ってくださいね)




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