僕で出来てる君が好き



→グロテスク、猟奇的な表現注意



歴史修正主義者を倒すと、気紛れに僕等刀剣男士を拾う事がある。それは刀の形をしていたり、既に人間の形をとっていたり、それぞれの事情によって様々だ。刀の形なら持って行って僕等の主に渡す。人間の形を取っていたら、僕等もそれぞれ様々な行動をとる。山姥切君は、人間の形をしている自分を生かして連れて帰ったりしない。その場で胸に刀を突き立てる。大倶利伽羅は何も言わないけれど、黙って主の元まで連れて行く。石切丸さんは朗らかにその場で会話を始めたりする。付喪神である僕等にも、それぞれ個性はある訳で、自分を拾った時の行動は暗黙の了解でそれぞれ自分に任せている。僕はといえば、人間の形をしている自分を拾ったら、その場で一思いに、だ。どうしてかと言えば、それが僕にとって必要な行為だからだ。きっと、目の前で倒れた僕も喜んでくれると思う。



「今日は、足にしようか。」



切り落とした足は筋肉質で、どう使えばいいのか頭を悩ませそうだと思った。

***

僕等の主はとても心優しい人間だ。いや、正直に言うと、彼女がそれだけの人間なのかどうか、僕には分からない。何せ、僕の身近に存在する人間というのは主だけで、それ以外の人間を知らない。僕にとっての人間代表は主だから、優しいのか、そうでないのか、あまり良く分からないのが正直なところだ。それでも、僕等に分け隔てなく愛情を注いでくれるあたり、優しいと言っても差し支えないのではないかと思っている。そんな主を嫌う者は少なからず、僕等の本丸にはいないと思う。短刀達は暇さえあれば主と遊ぼうとするし、加州君や長谷部君は常に主の側に寄り添っている。鶯丸さんや鶴丸さんも気に掛けているようで、よく話し込んでいる姿を見掛ける。僕はそれを何時も遠くから眺めているだけだ。



「お腹空いた〜。光忠、今日のご飯なに?」
「今日はトマトの煮込みだよ。トマトが食べ頃だからね。」



ひょっこりと顔を出しながら厨を覗き込む主に、僕は振り返って笑って見せた。早く食べたいと強請る主には申し訳ないけれど、下準備には時間が掛かる。仕方なしに戸棚に隠しておいたお菓子を与えて、もう暫く仕事に勤しむよう促した。そうすれば、主は嫌な顔一つせず、寧ろ笑顔で部屋へと戻っていくのだから可愛らしものだ。その後ろ姿を見守り、僕は包丁を手に取った。まずは肉の下拵えから。主が食べる分の肉の筋は予め切っておき、柔らかくなるよう包丁の背で軽く叩いて、食べ易くなるよう少し小さめに切る。臭みがないように酒に漬けておく事も忘れずに。漬けている間に僕等が食べる分の肉を切る。僕等は少し大きいくらいが丁度いいから、逆に大き目に。塩胡椒を振ったら、主のと同じく放置しておく。次いで玉葱とニンニク、それからトマトを切る。切っていれば、人数が人数だけにかなりの量になる。時間も掛かるから、酒につけていた肉はもう十分臭みも消えているだろう。フライパンに油をを入れてニンニクと一緒に熱し、まずは主の分からしっかりと肉を炒める。焼き色がついたら取り出して僕等が食べる分。一度全ての肉を取り出して、玉葱を炒めたら切っておいたトマトを入れて潰す。ある程度したら肉を戻して落とし蓋をして煮込む。酒で十分臭みは取れているとは思うけれど、香辛料を入れて徹底的に肉の臭みを消す。生臭いのは嫌だろうからね。最後に味付けをしたら完成。その他にも汁物や副菜を作って、ふと時計を見れば、普段通り夕餉を食べる時間が迫っていた。



「燭台切さん、何かお手伝いしましょうか?」



ご飯を盛りつけていたところで、平野君と前田君が気を遣って手伝いを申し出てくれた。僕はそのままお言葉に甘えて皿に盛ったご飯を運んでもらう事にした。そうこうしていれば、どんどん居間には人が集まってくる。堀川君や和泉守君も手伝ってくれて、居間の長机にはあっという間に料理が並んで行く。



「遅くなっちゃった。何か手伝う事ある?」
「ああ、今並べ終えたところだから、主は座ってて。」



少しだけ申し訳なさそうに笑った主が定位置に座る。既に主以外は揃っていたようで皆適当に座っているようだ。僕も適当に空いていた席に腰を下ろして、皆で手を合わせてから作った料理に手を伸ばす。賑やかな食卓は僕の料理に対する賛辞だったり、今日あった出来事を面白おかしく話したり、それぞれだ。目の前に座っている蛍丸君と同田貫君は張り合っているのか、目だけで遣り取りをしながら、ご飯を頬張っては忙しなくもぐもぐと口を動かしている。その光景を微笑ましく思いながらも、落ち着いて食べる様に促して、ちらりと主に目を遣った。何を話しているのかまでは聞こえないが、愛染君と小夜君と何やら楽しそうに笑い合っている。勿論、その手には茶碗があって、話しをする合間合間に僕の作った料理を口に運んでいた。直ぐに視線を逸らし、相変わらず口一杯に頬張る同田貫君と蛍丸君に苦笑いを零す。



「どうだった?今日のご飯。口に合ったかな?」
「うん、凄く美味しかったよ。何にも言ってなかったけど、小夜君なんか凄く気に入ってたと思う。」
「そっか。なら、また作らないとだね。」



綺麗さっぱり空っぽになった皿を見ると、作った甲斐があるとつくづく思う。手の空いている者同士でその皿を運んで洗い、水気を拭いてしまえば、後はそう時間も掛からない。僕と主は大量の食器を棚に戻しながら会話を弾ませつつ、主に今日の夕餉の感想を聞いた。そうすると、案の定、良好な返事が返ってくる。他の誰でもない、主からの感想が聞きたかった僕はその答えに大いに喜んだ。だって、主の事だけを考えて何もかも用意したんだ。その、美味しいという言葉一つのために。



「主の分だけ、肉を小さくしておいたんだ。あんまり大きいと食べにくいと思ってね。」
「そうだったの?有り難う。凄く食べ易かったし、柔らかくて美味しかったよ。」
「そうかい?口に合ったなら良かったよ。また手に入ったら同じ肉を使おうかな。」
「なんの肉?豚肉っぽかったけど。」
「僕。」



直ぐ後ろで背伸びをしながら棚の中に皿を戻す姿は少々危なっかしい。流石にそのまま転ぶような子供ではないのだから、ずっと見張っているなんて事はしないけれど。釜戸の下方にある棚にフライパンやまな板を戻し、振り返って正面から主と向き合うと、食器を棚に戻し終えた主はきょとんとしながら僕を見詰めていた。



「僕?」
「そうだよ。」
「何の話?食べてた肉の話だよね?」
「うん。」
「なんで、光忠になるの?」
「僕の肉だからかな。」



主は僕を見上げたまま、僕の言葉を理解出来ないでいる。しかし、頭では理解出来ていなくても、何となく気付いているんだろう。ゆらゆらとその瞳が揺れている。言葉に詰まり、必死で頭を整理しようとしている様が見て取れた。その顔色が段々と悪くなっている。少しずつ息が上がり、冷や汗を流す主は、まるで化物でも見ている様な目で僕を見た。



「どういう、事?」
「君が食べたのは僕が戦場で拾った燭台切光忠だよ。今日は腿肉の部分。この前は腕、この前は頬、この前は、どこだったかな?君が食べて美味しいって言ってくれたその肉は、燭台切光忠の、僕の一部だよ。」



種明かしをするつもりはなかったけれど、かといって秘密にするつもりもなかった。今迄聞かれなかったから言わなかっただけで、別に何時言っても良かったのかもしれない。僕の言葉を理解したであろう主は真っ青になりながら僕を押し退けて、流しに駆け寄り、呻きながら腹の物を吐き出した。ああ、勿体ない。折角、僕が主の一部になるというのに、吸収される前に外部に出されたら意味がない。苦しそうに呻く主の背を撫でた。早く嘔吐感がなくなってくれないだろうか。全部出してしまわなければいいけれど。暫くすると、はぁはぁ、と息を切らしながら、主が顔を上げる。それと同時に手を払い除けられた。



「なんで、そんな事したの?」
「しちゃいけないとは言われてないから。」
「私が一から言わなきゃ何でもするの?」
「そうじゃないけど。」



主が僕を睨みつけるなんて思いもしなかったから驚いた。口を濯いで、僕に詰め寄る主は、普段じゃ考えられないくらいに怒っているんだと思った。でも、それはお門違いじゃないだろうか。何の肉かを聞かれたから答えただけで、今迄散々美味しいと言いながら僕を食べていたじゃないか。主の肉体は、今迄食べてきた燭台切光忠で構成されているというのに、今目の前に存在している主は僕を食べる事で生きているというのに、今更、被害者のような反応をされても、僕は納得なんて出来ない。真っ白な顔をして睨む主が強がっている事だけはよく分かった。



「酷い、酷い……っ!知ってたら、食べたりなんて……。」
「酷い?僕の作った料理を食べたのは君の意思なのに、美味しいと言って食べていたのは君なのに、僕のせいにするなんて、君の方が酷いんじゃないかい?僕は皆がやっている事と同じように材料を調達して、同じように調理して、それを主が勝手に食べたんじゃないか。」



ただ、皆は材料を万屋から買うだけ。たったそれだけだ。調理の仕方だって豚肉や鶏肉と変わらない。同じ事をしているだけ。それだけなのに、何も知らず、何も聞かず、与えられるがままに与えられる物を勝手に食べていたのは主じゃないか。僕を怒るなんて、お門違いもいいところじゃないかな。主を見下ろすと、咄嗟に視線を逸らされてしまった。何も、僕は主を責めたい訳じゃない。まして、嫌いな訳でもない。寧ろ、僕は本丸の誰よりも主を好いている。誰よりも大切だし、例え僕が折れる様な事があったとしても、主を守れるのならば構わないとすら思っている。だからこそ、僕は主に、僕を食べて欲しかった。僕を摂取して、僕をその体内に宿して、僕で構成されているなんて、これ程嬉しい事はない。誰が呼吸器の手伝いを出来る?心臓を動かす手伝いが、脳を働かせる手伝いが出来る?僕を食べて生きている主が何よりも愛しい。



「今迄君に食べられた僕だって喜んでいるに違いないよ。君がそうして今、心臓を動かして生きていられるのは、今迄食べてきた僕のお陰なんだから、ね。」




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