怪我をしたい同田貫



己の力を過信した訳ではないが、重傷一歩手前になった事があった。血が足りず、頭がクラクラして体中痛むが、まだ動く事は出来る。獅子王に肩を借りて本丸へと戻ったら、主が慌てて走って来た。普段、締まりのない顔をしていると思ったが、その時ばかりは青褪めていて、ひどく恐ろしい何かを見るような目で俺を見ていた。頭はクラクラして、体中痛い筈が、俺はその目から、表情から、目が離せなくなった。変に言葉を繕うつもりは毛頭ないが、本気で時間が止まったのかと思ったくらいだ。恐ろしい何かを見ているような、怯えるような、ぐらぐらと揺れる目を見詰めていると、どうしてか、もっと戦場に出ていたいと思った。こいつのこんな目を、表情を見れるなら、いくらでも、無理をしてでも、戦場に出なければならない。半分、義務のような気持ちだった。これが、人間の持つ庇護欲というものなのか。怪我を負った事よりも、自分の気持ちに混乱していた俺は、中々その場から動けずにいて、獅子王に早く手入れ部屋に行くぞ、なんて怒鳴られた。重い足を引きずって、手入れ部屋へと続く廊下を歩いたが、どうしても主が気になって、少しだけ振り返ったら、体が震えていた。後から聞いた話だが、これだけの怪我をして帰って来たのは、初期刀の加州以来らしい。その時、初めてじゃないのか、と思った。2度目の重傷は、主にとってどんなもんだったのか。慣れてるとはとてもじゃないが言えない。しかし、初めてではない。それが、俺には酷く勿体なく思えた。初めてこれだけの怪我を負った人間を見た時、主は一体どう思ったのか。どんな顔をして、どんな表情をして、加州を見ていたのか。勿体ねぇ。その瞬間が自分じゃない事を、加州がその役目だった事を、俺は酷く羨んだ。



「同田貫。これ、あげる。」
「あ?なんだ?これ?」
「お守り。敵に突っ込んで行くって聞いたから。」



手入れ部屋で寝ているだけというのは、あまりにも暇だ。いっそ抜け出してやりたいが、そうなったらそうなったで、戦場に出るのが遅くなるだけ。我慢をしろという事は重々承知しているが、どうにも理屈でどうこう出来るように俺は出来ていないらしい。暇を持て余し、抜け出してやろうと決意した瞬間、主が手入れ部屋に入って来た。お陰で俺は寝具に逆戻りだ。不機嫌を露わにしながら寝転んでいれば、主が何かを手渡してくる。お守りと呼ばれるそれは、俺から見ればただの小さい布の塊で、短刀達の玩具かと思った。一応受け取り、まじまじと見詰めていたが、これがどんな役に立つのかは知らない。これが何なのか、聞くために主へと視線を遣れば、包帯を巻かれた傷を、じっと見詰めて、その目が揺れていることに気がついた。



「そのお守りはね、一度だけ、同田貫を守ってくれるから、絶対に肌身離さず持っててね。」



まただ。また、主の目が揺れている。さっきとは違う、近くで見えるその目には、水分が溜まっている。これが、涙だと分かったのはもっと先の事だが、俺はその涙を見るのが、存外嫌いではないらしい。今度は、自分の心臓が早鐘を打っている事に気がついた。どうしてなのか。今の主を見ていると、まるで、これから戦場に出向くような、それに似た高揚感が俺を支配して全身が熱くなる。それを誤魔化すように手を握り締めれば、掌にあるお守りとやらを自然と握り込んでいて、暫く見詰めた後、大事にしようと思った。主から貰ったものだから。肌身離さず持っていろと言われたから。勿論、それもあるが、これさえあれば、いくら敵に突っ込んで行っても、折れる事はない。折れないで、重傷になれる。そうすれば、またあの目が見れる。俺を見る時の、怯えとも恐怖とも言えぬ表情に揺れる目から零れる涙を見ていられる。そうすれば、またこの高揚感を得られる。次はどれだけ怪我をしたらいいだろうか。戦場が楽しみで仕方なかった。




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