長谷部が怒る



疲れ切った体を叱咤して無理矢理足 を動かした。出陣した時は誰も刀装が剥がれなかったし、刀剣達に攻撃が当たる事もなかった。ただ、少し疲労していたから、早々に帰るつもりだったが、結果としてそれは叶わなかった。帰る途中で奇襲にあったのである。そんなに強い敵が出てくる場所でもない。それなのに、私達の周りに現れたのは大太刀や薙刀ばかり。対する私達は短刀ばかり。とても敵う相手ではない。場所が場所だけに馬にも乗ってこなかった。私は咄嗟に刀剣達を人間の姿から刀の姿に戻し、それを抱えて走った。子供の足で走るよりも私が走った方が早いと判断したからだ。しかし、私の体力などたかが知れている。無駄に走るよりも隠れながら本丸まで戻ろうと茂みの中に隠れた。見つかった時、直ぐに逃げられるように、しゃがみながら胸に刀剣を抱える。荒くなる息をなんとか押し殺し、神経を尖らせて、敵の動きを読む。



「……っ!」



ずるずると地を這う音が聞こえる。正確な位置は分からないが、近くにいる事だけは確かだ。このまま同じ所にいるのは危険だ。早いところ、別の場所に移動した方が良さそうだ。必死に息を整えて、胸に抱えていた刀剣を持ち直す。しかし、その時に刀剣が擦れて、ガチャリと音を立てた。心臓が痛いくらいに跳ねる。ずるずると地を這う音は音を聞きつけたのか、猛スピードでこちらへと向かってくる。逃げなければ。このままでは殺される。そう思うのに、体は思うように動かない。そして、私の真後ろで音がしたと同時に、目の前の地面に影が差した。



「主っ!」



聞き慣れた声に、ハッと我に返る。顔をあげた先には遠征に行っていた軍がちょうど帰ってきている最中だったようで、こちらに駆け寄る姿が見えた。そこでようやく体が自由になった私は後ろも振り返らず、一目散に駈け出した。私に声を掛けてくれた長谷部の元まで。しかし、何時まで経っても私の進む先には覆い被さる様な影が付き纏う。それは真後ろに敵がいる事を示している訳で。ちらりと振り返ると、痺れを切らした太刀が腕を振り上げていた。



「主!体を伏せてください!」



その声が聞こえた瞬間、咄嗟に刀剣を抱える様にして地面に突っ伏した。同時に刀が擦れる音がする。多分、長谷部が太刀を受け止めてくれたんだろう。後ろから走ってきた岩融や蛍丸が状況を咄嗟に判断したようで、周りにいた敵を文字通り薙ぎ払っていた。ああ、良かった。なんとか助かった。



「主っ!ご無事ですか!主!」



ぎゅ、と目を瞑ってから暫くすると、私の体を抱えた長谷部が、半ば叫ぶ勢いで声を掛けてくる。きっと、敵の太刀を倒してくれたんだろう。突っ伏していた体を反転してもらい、ようやく長谷部の顔を見ると、今にも泣き出してしまいそうだった。そんな長谷部の顔を見ていたくなくて、胸が苦しくて、誤魔化すように笑ってみせた。



「ありがとう。おかげで助かった。」
「…っ!今すぐ戻りましょう!馬があります!早く帰って手当てを!」
「でも、他の子達が、まだ。」
「名前様の身の安全が第一です!」



まだ戦っているであろう刀剣達に目を配っていると、私の頬を両手で掴んだ長谷部が無理矢理自分の方へと向け、声を荒げる。何時も、どんな時でも、主命主命と、まるで呪文のように繰り返し、一度だって逆らうことのなかった長谷部が、まさか私を怒鳴りつけるなんて。主主と、一度も名前を呼んでくれなかった長谷部が、まさか名前で呼んでくれるとは。思わず目を見開いて、ぽかん、としていれば、その間にも長谷部はテキパキと周りに指示を出し、馬をこちらに引き寄せている。少し眉間に皺を寄せて怒ったような表情をしながら、私は体を持ち上げられて馬に乗せられた。



「ここは任せたぞ!」
「あ、ちょ、ちょっと!」
「おう!先に帰っていろ!これくらいどうって事あるまい。」
「はーい、主を宜しく〜。」



馬に跨り、未だに刀剣を抱えている私の後ろに乗った長谷部が落
ちないようにと腹部へ腕を回す。もう片方の腕で手綱を掴み馬の腹を蹴ると、馬は長谷部の命のままに本丸へと走り出した。振り返ると、岩融と蛍丸は軽々と敵を薙ぎ払っていた。確かに大丈夫そうだ。

***

「あの〜、長谷部?」
「はい、なんでしょう。」



本丸に帰ってから、念のため短刀達を手入れ部屋に入れると、早々に薬研の元に連れて行かれた。元より、逃げていただけで怪我などしていなかった私は薬研に軽く診てもらうだけで、直ぐに診察のようなものは終わった。その間中、後ろから睨むような視線が痛かったが。薬研も長谷部のただならぬ雰囲気に何かを察したようで、診察が終わった時、ぽんぽんと肩を叩いてくれた。その目は頑張れよ、と訴えている気がした。しかし、診察が終わった後も長谷部はご機嫌斜めで、平気だというのに私を部屋に寝かせると、監視するかのように布団の側に座り込んだ。そして、現在に至る。



「怒ってる?」
「いいえ、そのような事は。」



確実に怒っていらっしゃる。正座をしながら腕を組み、穴が開くのではないかと思うくらいに見つめられている。こんな視線が向けられていては寝るに寝られない。基、寝ていられない。どうしたものかと顔まで布団を被って悩んでいると、上から溜息が聞こえた。



「心臓が止まるかと思いましたよ。主がいなくなったら、俺達はどうすればいいんです。」



無理をしたつもりはない。ただ、目の前で刀剣が折れるのはどうしても見たくなかった。きっと、それが本末転倒とでも言いたいのだろうが。何が最善だったのか、今となっては分からないけれど、心配を掛けた事は確かだ。私だって、誰かがこんな真似をしたら怒るだろう。布団から顔だけを出すと、先程までの怒って眉を吊り上げていた表情とは違う。困ったような、苦しそうな表情をしていた。



「ごめん。」
「いいえ、俺こそ向きになってすみません。」
「心配してくれたんでしょ?嬉しかったよ。」



腕を伸ばすと、長谷部が身を屈めてこちらへと寄ってくる。私の言いたい事がよく分かってるなぁ。子供をあやすように頭を撫でてやると、長谷部もどこか嬉しそうに笑ってくれた。




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