神隠し2



「誰もいませんよ。」



振り返ると、長谷部が笑顔で佇んでいた。大きな日本家屋の、大きな門を抜けて行くと、そこには一本の砂利道が続いている。大きな一本道で、周囲は木々が生い茂っており、その木々によく目を凝らしてみると、昼間だというのに鬱蒼としていて妙に薄暗かった。折角の大きな一本道があるのだから、わざわざそんな木々の生い茂っている場所になど足を踏み入れる気にはなれず、ゆっくりと砂利道を歩く。コンクリートで出来た道ばかり歩いていたせいで、じゃりじゃりと鳴る音が新鮮だった。しかし、その音にも直ぐに飽きがきて、周囲を見回した。歩いても歩いても、人っ子一人いない。誰にもすれ違わない。じりじりと照りつける太陽の日差しに汗が流れる。すると、長谷部が冒頭の台詞を呟いた。どうして、とは言えなかった。あの日本家屋に来てから、何度も何度も聞いてきた。木々は生い茂り、動物が駆け回っているけれど、人間は誰もいない。ここに、人間はいない。誰もいない。




「うん。」
「戻りますか?」
「……もう少し、歩く。」



じゃり、じゃり、と砂を踏む音が再び聞こえる。私の分と、少し後ろから、長谷部の分。鳥の鳴き声、木々のざわめき。聞こえる音はそれくらいで、誰の声も聞こえない。本当に、私と長谷部しかいないんだ。じゃり、じゃり、と音が鳴る。すると、目の前が開け、今迄とは景色が変わる。すぐ先に民家が見えた。随分古い作りをしているが、民家だ。誰か人が住んでいるのではない。気付いた時には駆け出していた。長谷部以外の、誰かに、会えるのではないかと思った。しかし、駆け出して直ぐ、腕を掴まれて体が後ろへと引かれる。振り返ると、長谷部が私の腕を掴んでいた。



「転んでしまいますよ。」
「平気だよ。離して。」
「いけません。化け物に喰われますよ。」
「何言ってるの?いいから離し「側から離れないでくださいと言っているでしょう、名前様。」」



思わず息を飲み込んだ。私を見る目が恐ろしいからだけではない。長谷部に名前を呼ばれると、まるで心臓を鷲掴みにされているような、そんな薄ら寒さを感じる。本能的に、逆らってはいけないと思った。だからこそ、私の腕を掴む手を振り離す気にはなれない。蛇に睨まれた蛙のように動けなくなってしまった私は、薄紫色の透き通る瞳を凝視していた。太陽が照らし付けている筈なのに、なぜか暑いとは感じない。寧ろ、寒いくらいだった。



「さぁ、帰りましょう。ここは危険です。」



いつの間にか、その白い手袋をしている手が私の手を掴む。目を細めて笑う長谷部が私の手を引いて、来た道を歩き出した。じゃり、じゃり、と私が砂利を踏む音と、前から長谷部が砂利を踏む音。気付けば、じりじりと照りつける太陽に、私は再び暑さを感じていた。それなのに、長谷部の手は手袋越しにでも分かる程、冷え切っている。冷たくて、氷に触れているみたいだ。この、真夏に。まともに前を向くことなど出来ず、どことなく下を向いて歩いていれば、先程掴まれた腕に、くっきりと跡が残っていた。長谷部が私の腕を掴んでいた、手の跡が。




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