嫉妬する長谷部



「人と話しをする時は、ちゃんと目を見て話しなさい。」



主の元に来て間もない頃、そう叱責された。一端の臣下が主と視線を交わらせるなど、失礼にあたる。無礼を承知で断れば、これは主命であると言う。そう告げられてしまえば、従う他ない。恐る恐る、視線を合わせれば、主は嬉しそうに笑ってくださった。今迄も笑った顔をよく拝見したが、やはり目を見ていると、そのお顔がよく見える気がした。しかし、ここのところ、主が視線を合わせてくださらない。出陣の確認をする時、一日の状況報告をする時、休憩用の茶菓子を運ぶ時、一言二言、必ず交わすというのに、どこか宙を彷徨って、その目が俺を捉えてくれる事はない。俺が何か粗相を仕出かしてしまったのだろうか。考えてはみたが、特に思い当たる節はなく、無心で畑に生えた雑草をぶちぶちと抜いた。隣で同じく雑草を抜いていた厚が何か声を掛けている気がしたが、この暑さで聞こえなかったようにしよう。



「二人共、今日は暑いから、休み休みやってね。」
「おっ!大将それ食っていいのか?」
「うん。水分補給になるかと思って。」



振り返ると、主が盆を持ち、その上には切り分けられた西瓜が乗っていた。主がそのような事を為さらずとも宜しかったというのに。流れる汗を拭いながら、抜いた雑草を袋に詰める。縁側へと駆けて行った厚の分もついでに。その間、主と厚が楽しそうに話す声が聞こえて、何ともなしに二人へ視線を遣ると、主は厚の目を真正面から捉え、笑顔で話をしているではないか。掴んでいた雑草が地面へと落ちるが、それどころではない。パタパタと厚が奥へと駆けて行く。大方、手を洗いに行ったのだろうが、それすらどうでもいい。なぜ。目を見て話せと言ったのは主の方なのに、どうして俺の目を見てくれないんですか。厚はいいんですか。それとも他の連中も良くて、俺だけが駄目なんですか。俺が、何かしたんですか。唖然と、縁側を見詰めていたら、主が俺の名を呼んだ。



「長谷部も休憩しよう?今日みたいに暑い日は熱中症になりやすいから。」



は、と我に返って、主へと視点を合わせたが、やはり主は俺を見てはくださらない。どこか、それこそ俺が落とした雑草でも見ているのではないかと思う。なぜ。この際、俺を見てくれない事は百歩譲って、いや、やはり譲れないが、俺を見ない事を一先ず置いておいたとして、なぜ雑草なんですか。俺がそんなに見るに堪えませんか。雑草見てる方がましという事ですか。何時までも呼び掛けに応じない俺を不思議に思ったのか、主が再び俺の名を呼ぶ。ざり、ざり、と砂利を踏む音がして、主がこちらへ歩いて来ているのが分かった。



「長谷部?大丈夫?もしかして、熱中症に「俺は、そんなに見るに堪えない顔をしていますか?」」



視界がぼんやりとしていて、どこに何があるのかはっきりしない。それでも、主の履物が視界の隅に入ってきたのを捉えた俺は、気配だけを追って主の肩を掴む。この時の俺は泥だらけの手で主に触れている、という事を考えることが出来ないくらい頭が煮え切っていた。ぎりぎり、とその肩に力を込めれば、困惑したような主の声が聞こえるが、緩めてやる気にも、まして離してやる気にもなれない。今離したら、次もまた逃げられる。なぜか、そう確信が持てた。



「は、長谷部、痛いよ。」
「俺の質問に答えてください。他の連中とは平気で目を見て話すのに、俺はいけませんか。目を見て話せと仰ったのは主ではないですか。」
「そ、それは……。」



どうして口籠るのだろうか。俺の質問を肯定したいからだろうか。それとも、目を見て話せと言った手前、罰が悪いのだろうか。他の刀剣に特別な感情を抱いていた訳ではないが、今となればどいつもこいつも憎たらしい。俺が望む当たり前を、容易く手に入れているその事実が、これほど腹立たしい事だとは思いもしなかった。主は伏し目がちなまま、口を噤んでいる。



「主。他の連中は良くて、俺はいけませんか。どうしてですか。俺は、貴方の為なら畑仕事だろうと、馬当番であろうと、何だって……!」
「だ、だって!長谷部の事見てると、胸が苦しい、から……。」



ぎゅ、と胸元を掴んで、更に視線を逸らしてしまった主の横顔を、俺は穴が開くのではないかと思う程、見詰めた。胸が苦しい?やはり、俺は人間にとって一番大切な心臓に影響を与える程、見るに堪えないという事なのだろうか。どんどん頬の赤くなる主に、俺よりも熱中症が発症してしまうのではないかと心配になる。



「その、見るに堪えないとかじゃなくて。寧ろ、その逆で。」
「逆、ですか?」
「だから、その、えーっと、か、格好いいから、見てるとドキドキするの!」



吐き捨てるように言うや否や、涙目になった主が俺を睨み付けた。久しぶりに俺を捉えた綺麗な瞳に俺が映っている。それが俺をひどく安心させた。しかし、俺が見るに堪えないという訳ではない事は分かったが、胸が苦しい事と目を見ない事の繋がりがいまいち分からない。頭を悩ませてはみたが、どうにも俺は的確に言い表せる言葉を知らない。だが、俺を見上げる主の頬は赤く、その瞳に溜まった涙を見ていると、不思議と心臓が締め付けられた。思わず、主の肩から手を離し、先程やけに大きく跳ねた心臓の辺りを掴んむ。



「長谷部を見てると、落ち着かなくて。目を見て話せって言ったのは私なのに、ごめんね。」



ぽつりぽつりと主が話す度に、俺の心臓が締め付けられる。訳が分からず、困惑したまま主を見下ろすが、そんな俺の様子を見て、主も不思議そうに首を傾げた。もしや、主の言っていた胸が苦しいとは、この事なのではなだろうか。確かに、これは厄介だ。心拍が上がるだけではなく、体温の上昇、思考の停止、周囲へ目が向かない等々、体がおかしくなっている。やはり、何かの病気なのか。しかし、不思議と先程まで感じていた不快感はなく、気持ち晴れやかで、とても病気の症状とは思えない。一体なんだというんだ、これは。



「主、俺も貴方といると胸が苦しいです。」



一瞬の間が空いた後、主が顔を真っ赤にして動かなくなってしまった。



(見せ付けてくれるよな〜。西瓜全部食っていいか?)
(? 好きにしろ)




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