犬っぽいヤンデレ長谷部が纏わり付く



出陣編成に悩んでいた。練度が高いに越した事はないが、場所によっては得意不得意がある。形成だって有利になるにこした事はないが、偵察の得意不得意がある。かれこれ何十分と悩んでいるが、決められない。このままでは日が暮れるのでは。そんな風に頭を悩ませていたら、静かに障子が開いた。



「失礼します。長谷部です。本日の出陣は如何ようになさいますか?」



もしかしたら、痺れを切らして催促にきたのだろうか。深々と頭を下げた長谷部に、内心で慌てながら、出陣表を手に取る。一応、二班考えてはみたが、どうにもしっくりこない。早く伝えなければ、そう思えば思う程、焦って考えがまとまらない。そんな私とは正反対に長谷部は静かに正座をして、私の言葉を待っている。そうだ、どうせなら、長谷部に聞いてみてはどうだろうか。実際に戦場で戦っているのは刀剣男士な訳だし、土地柄や得意不得意も私より分かるかもしれない。



「あの、一応この二班で考えてるんだけど、長谷部はどう思う?」
「どう、とは?」
「どっちの班がいいかな、と思って。」



ちら、と伺うように長谷部に視線を遣れば、二つの出陣表を手に取って考え込んでいる。いや、もしかしたら編成もまともに出来ない主に呆れているのかもしれない。何度か出陣表に目を遣った後、一枚の紙を私の前に差し出す。



「こちらの編成に、脇差ではなく短刀を入れるべきかと。練度は脇差より多少劣りますが、それでも短刀の方が有利ですし、力も発揮出来ます。」
「そっか。じゃあ、そうする。」



戦場に行く長谷部が言うのだから、そちらの方がいいのだろう。今一度出陣表を書き直し、長谷部にそれを持たせた。結果として、それは大成功であり、大きな怪我もなく、練度の上がった短刀達が笑顔で本丸に戻って来た。ああ、長谷部に相談して良かった。

***

「主?どうされました?」
「あ、長谷部……。それが、明日の審神者会議に誰を連れて行こうか迷ってて。」



審神者会議。不定期に開催される審神者間の情報交換会みたいなもので、報告会のような意味合いも含まれている。その会議には、一箇所に多くの審神者が集合する為に、歴史修正主義者に狙われやすくなっている。だからこそ、開催日時は不定期であり、そして、会議には一人が一人の刀剣男士を護衛用として連れて来る事が義務付けられている。その会議に誰を連れて行くべきかを決められずにいた。何せ、珍しい刀剣を連れて行けば、嫌味を言われかねない。かといって、初期刀ばかりでは芸がないと、これまた陰口を叩く者がいる。そんな奴は放っておけば良いと言われるが、一度気になってしまうと、そうも言っていられない性分なのだ。これだから、会議など面倒で行きたくない。思わず漏れそうになる溜め息を抑え、長谷部に愚痴るように一通りの説明をした。



「それならば、俺を連れて行ってください。練度もそこそこですし、主を守れます。俺は初期刀でもありませんし、芸がないと言われる事もないでしょう。珍しいかと問われれば、自分では分かりかねますが、他の打刀より、力はあるつもりです。」



言われてみれば、そうかもしれない。長谷部は丁度いい中間点にいる。ならば、と、明日の会議には長谷部を連れて行く事にした。翌日の会議では、特に目立った事もなく、報告会も順調に終わった。じろじろ見られる等という事もなく、かといってひそひそと陰口を叩かれる事もなく。寧ろ、他の審神者と軽い談笑なんかもしたりして。長谷部に相談しなかったら何か言われていたかもしれない。そう思うと、長谷部の言う通りにして正解だったんだと感じた。

***

私は元より優柔不断なところがあった。外食に行けば、メニューの中から食べたい物を決めるのに時間が掛かるし、服を買いに行けば色をどれにするかで悩んだ。そんな私が、決め事を主とした仕事である審神者になるだなんて、思ってはいなかったし、向いていないと思った。しかし、刀剣に憑いている付喪神を現世に降ろせる人間はそう多くはないらしい。強制ではないが、国の為に力を貸して欲しいと、それこそ国のお偉いさんに頭を下げられては承諾しない訳にも行かない。何より、公務員のような扱いになるのだから、親も安心してくれる筈だ。そんな不純な動機でなったものだから、覚悟という覚悟が足りなかったのだと思う。



「どうしました?何か考え事ですか?」
「ん?ああ、調度良かった、長谷部に相談しようと思ってて。これ、どうしようか?」



審神者になってからは、私が想像していたよりも頭を悩ませる事ばかりだった。今まで、一端の会社員として、上から押し付けられる仕事を淡々とこなしていた時とは違う。ある程度政府から課されている課題はあるものの、一日一日の刀剣男士の行動を、私が全て考えて、決めなければならない。人数が増えるにつれ、私の頭痛の種は増えていった。だが、不思議と長谷部に相談すると良い方向へと転じていった。出陣や遠征の編成だけではなく、私が今日何をすべきなのか。長谷部は何時でも、気が付いたら側にいて、何でも答えてくれた。長谷部の言う通りにしていれば必ず上手くいく。長谷部が居てくれれば安心だ。私の問いに、長谷部は今日も答えてくれる。その答えは、私にとって絶対だ。

***

一番の臣下でありたい。下げ渡されたくない。その感情は、人間の体を得て、一種の呪いのように、来る日も来る日も俺を苦しめ、焦らせた。今の主は俺を捨てない。証拠に何日も俺を近侍にしている。主の役に立つ俺が、何を心配する必要がある。主の役に立てば、これからも俺は主の臣下として刀を振るえる。他の誰かに等渡さない筈だ。主の役に立てば、主の役に。それからは、事ある毎に主を訪ね、出来る限りの手伝いをした。主が部屋を出る時を見計らって障子を開けたり、一歩部屋の外に出ればその後ろを着い行く。主の負担も考えずに飛び付く奴等への牽制だ。湯浴みへ行くにも厠へ行くにも、何処へ行くにもその後ろ姿を追った。主は時折困ったように着いて来なくて良いと言うが、これも全ては主の為。万屋へ行くにも、会議に行くにも、俺は常に主の傍にいた。するとどうだ。主はぽつりぽつりと俺に、俺だけに相談を始めた。最初は兵法、次いで人間関係、果ては俺に聞かずとも構わないような事まで。俺の言葉がないと不安だとでも言うように。これは思わぬ収穫だった。主の為でもあり、自分の為でもあり。そんな風に働いていた行動が、俺に依存する形で現れた。これはいい。主に気に入られようと事ある毎にその後ろ姿を追ったが、今では主が俺を追う。素晴らしい事だ。俺が主を見捨てる事などありはしない。このまま俺に依存して、俺なしでは思考一つ、まともに出来ない人間に成り下がってしまえば、これほど喜ばしい事はない。俺を見付けた主の顔に安堵が浮かぶ。俺は何時如何なる時も貴方のお側におります。どうか、俺なしでは生きられなくなりますように。仮にも付喪神である俺の願いは一体誰が叶えてくれるのでしょうね、主。




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