長谷部とデート



デート。俺はその言葉をよく知らない。多分、周りの連中も知らない奴の方が多いだろう。だから、横文字に詳しそうな加州に聞いた。俺が横文字を喋るのがそんなにおかしいのか、それとも横文字の意味のせいか、加州は一瞬眉間に皺を寄せ、訝しんではいたが、きっちりと説明はしてくれた。なんでも、一般的には好意を寄せるもの同士が一定の時間を共に過ごすことらしい。それを聞いた瞬間、どこからともなく桜の花びらが舞って加州に怒られたが、些細な問題である。



「もし長谷部が良ければ、なんだけど、その、明日、デート、しない?」
「主命とあらば。」
「主命とかじゃなくて。長谷部が嫌なら行かなくていいの。」
「そのような事は。是非とも、俺をお側に。」



先刻、そのような会話をしたばかりであり、桜の花びらが舞うのも仕方がないだろう。主からの誘いを断るなんて事、する筈もないが、やはり頷いて正解だった。逸る気持ちを抑えきれず、かといって既に寝なければならない時間になっている。明日は何時も以上に遅刻など許されない。無理矢理目を瞑って、寝る事だけに集中した。

***

馬を出そうとしたら、拒否されてしまった。万屋まで歩いて向かわれるそうだ。主の負担にならなければいいが。少しだけ気掛かりだが、主が嬉しそうに俺の腕を引くため、直ぐにどうでも良くなった。本丸の景趣は主の気分で好きに変える事が出来ると聞いた。だが、主は四季を好んでいるようで、本丸の外と同じように移ろう景色を楽しんでいる。



「あ!そういえば、あそこにね、藤の花が咲いてるんだって。見て行こうか?」



万屋に行く道すがら、民家だけではなく多くの施設が存在する。そんな中で、俺達の歩く道の少し先に、こじんまりとした広場がある。そこには、確かに多くの花が植えられていると記憶していた。大きく頷いて、先を歩く主の足元に目を遣りながら広場へと向かえば、ちょうど時期だったのか藤が綺麗に咲き誇っている。主は咲き誇る藤の真下で、顔を持ち上げ、まじまじと見詰めていた。



「長谷部と同じ色だね。」
「うっ……!」
「長谷部!?」



たかが同じ色の花を目にしただけで、俺を連想して頂けるだなんて。俺の主は女神か何かか。込み上げてくるものを抑え込む為に口元に手を当てたが、どうしても桜の花びらがひらひらと周辺を舞ってしまう。膝をつきそうになる俺に、慌てて主が駆け寄ってきたために何とか膝を折らずにすんだ。心配そうに俺を覗き込む主に、平気であると伝えたても、どこかまだ不安そうだ。



「ちょっと休憩して行こうか。」
「お、俺の事ならお気になさらず。本当に平気です。」
「うーん、でも、喉乾いちゃったな。」



まるで子供のように無邪気な笑顔で俺を見上げる。勿論、ここまで言わせておいて渋る訳にはいかない。近くにあるという甘味処へと足を運んだ。しかし、何度も外に出ているとはいえ、主はいろんな店を知っている。遣いで買い出しに行く事がある俺とは大違いだ。店内に入ると、そこそこに混んでいるようで、適当な席へと通された。甘味の事はよく知らない。主と同じ物を頼めば、向かいに座る主がにこにこ笑って俺を見詰めるている。決して自惚れだとか自意識過剰とかではない。現に目が合った今でもにこにこと笑っておられる。普段から主の愛想が悪い訳ではないが、真面目な表情を見る事が多い事もあり、今日は一段と機嫌が良いように思える。自然、俺の口元も緩んだ。



「何か、嬉しい事があったのですか?」
「ん?そうだね。長谷部と、こうしてデート、したかったから。」



照れくさそうに頬を赤く染めて俯く主に、俺まで体温が上がるのを感じた。こんな時こそ、上手く言葉を返さねば、と思う。俺も、貴方と共に居られて嬉しいです。次は俺から誘ってもいいですか。他の奴は誘わないでくださいね。言いたい事は山程ある。だが、喉奥に留まってしまって、どれも言葉にはならない。



「俺も、です……。」



この一言を言うのが精一杯だなんて、情けない。




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