長谷部とか



敵は目前。こちらの傷はまだ浅いが、力をつけた敵勢力の前では危うい者もいる。本丸に戻るか、それとも残って戦うか。どちらを判断しても、誰も文句は言わないだろう。それだけ、判断をするには敵とこちらの戦力は読み切れなかった。だからこそ、進軍を選んだ主の言葉に反論をする者はいなかった。誰しもが、傷を負うことは覚悟していた。



「主、手入れが終わりましたので、挨拶に伺いました。」



体中に巻かれ包帯をそのままに主の前に向かうなど、無礼極まりないかと思ったが、手入れが終わったら来て欲しいと言われれば行かない訳にもいくまい。障子の前で膝をついて、返事を待っていれば、中からガタガタと物音がしたかと思うと、次にはどしん、と、まるで倒れたかのような音が。一瞬、障子を開けようか迷ったが、その間に障子は勝手に開いてしまった。



「だ、大丈夫!?」
「……お言葉ですが、主の御身の方こそご無事ですか?」



文机に足でもぶつけたのか、不自然に曲がった机と、畳に転がっている文房具が、先程の音を物語っていた。苦笑いを浮かべた主は、俺を中に入るように促すと、落ちている文房具を拾い、先程座っていたであろう座布団の上に座る。



「体、辛くない?楽にしてていいから。」



主が思うほど、俺達の体は不便じゃない。ある程度時間をおけば、痛みなんてあっという間になくなる。包帯だって、あと数分もすればいらなくなるだろう。心配する程の事じゃない。丁寧に主の申し出を断ると、また苦笑いを零す。



「ごめんね。無理な進軍したかも。」
「そうでしょうか。」
「他の審神者だったら……。」



小さな声が部屋に響く。顔を伏せた主は、手を握り締めて自分を責めているように思えた。本来、道具である自分達を人間の姿にし、戦う術を与えてくれたのはあくまでも、今目の前にいる人のみだ。他に主と同じような審神者がいようが、俺にとっての主は目の前の人だけ。この気持ちだけは、恐らく他の奴等も同じだろう。その主が命じたのであれば、無茶でもなんでもこなすのが俺達の役目だ。まして、俺達は歴史修正主義者と戦う使命がある。遊んでなどいられない。それに、折れた訳じゃない。こうして手入れさえすれば幾らでも戦える。優しさだけで罷り通る世界なんていうものは所詮まやかしだ。現実は常に厳しくて残酷だ。



「皆、私みたいな酷い審神者の所に来ちゃって後悔してないかな。」
「主……。」
「嫌われたかな……。」



俺達を大事にしてくれていることくらい、誰しもが分かっている。俺達は戦場で扱われてきた刀剣ばかりだ。戦場の非情さなど、主よりも理解している。その非情さが、平和な世でどう思われるのか知らないが、戦が蔓延る世界では必要なものだ。傷ついて本丸に帰るのは簡単だ。しかし、戦況を見極めるのが審神者たる主の役目。主は馬鹿ではない。そのまま進軍する事がどういう事態を招くかも理解した上で指示を出している。その勇気を、誰が非難出来るだろうか。誰が、その小さな体で必死に逃げたい気持ちを耐えている主を嫌いになろうか。



「主、その答えはご自分でお確かめ下さい。」



ドタバタと走ってくる足音は勢いよく障子を開け放たれた音と共に消え、代わりに声が一斉に降りかかる。



「主〜!綺麗にしてきたから、す、捨てないよね?」
「悪いな、大将。ちっとばかしドジを踏んじまったぜ。」
「ん?主よ、いつも小さいのがもっと小さくなってどうした?」
「もしや、泣いておるのか?なら、爺が慰めてやろう。仕様のない主よな。」
「もしかして、長谷部君がっ!?」
「妙な勘違いをするな。」



誰しもが貴方の側で戦うことを選んだのだ。嫌う筈がないでしょう。




人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -