清光が監禁して神隠ししてくる



少し独占欲の強い子なのか。最初はそんな風に思っていた。初めての刀として、皆をよくまとめてくれたし、あれでいて意外と面倒見もよく、大人数での共同生活にも文句一つ言わない。隊長も努め、近侍としてもよく働いてくれてた。だからこそ、人数が増えてきて、流石に今迄通りに頼っていたら過労で倒れてしまうかもしれない。人間ではないけれど、人間として体現しているのだから、可能性は捨てきれない。そう思って近侍を外し、隊長に専念するように頼んだ。



「どうして?俺、何か間違えた?それなら、直ぐに直すから。他の奴に近侍を任せるなんて言わないで。」



俯いているが、今にも泣いてしまうのではないかと思えるくらい、声が震えていた。清光に落ち度などありはしない。ただ、少しでも清光の負担を軽くしたかったし、他の子を近侍にして、近侍の仕事を覚えてもらういい機会だとも思った。しかし、近侍の仕事に、ある種、誇りのようなものがあるならば、そのやる気を買う方がいいのかもしれない。慌てて謝りを入れてから、今迄通り、清光に近侍を頼んだ。暫くはそれで何も問題はなく過ごせていた。しかし、本丸が賑わうにつれて、清光の束縛は増していった。近侍を外して欲しくないなど、今思えば可愛いもので、私が扱う物全てを把握していないと気が済まないと言い出した。私が誰と話したのか、少し濁すだけで癇癪を起こすようになった。私が何も言わずに清光から離れれば、泣いて縋る様になった。流石に、独占欲が強いなどと一言で片付けられる問題ではなくなった。だから、少しだけ、清光から距離を置く事にした。



「主、ねぇ、俺の事、愛してるよね?ほら、俺今日も頑張って綺麗にしてるんだよ。ネイルも新しく塗り直したんだ。この赤、新しく買ったんだけど綺麗でしょ?前より少し色が落ち着いてて、主、派手なものよりこっちの方が好きって言ってたから。」



清光の差し出す手をちらりと見る。確かに、私は派手で原色のような赤よりも、どちらかといえばくすんだ赤の方が好きだ。新たに塗られたその爪には、私好みの赤がのっていて、以前ならば、その手をとってよく見詰めたことだろう。私も塗って欲しいと頼んだかもしれない。しかし、そんな気には到底なれない。今の私に与えられているのは、睡眠、食事、排泄、入浴。人間が生活をする上で最低限の衛生を保てる程度の最低限の行動だけだ。審神者として与えられたこの部屋から、もう何日も出ていない。私が清光と距離を置こうとしたその時から、この部屋から出られなくなってしまったのである。清光の強過ぎる執着のせいなのか、私に原因は分からないが結界のようなものが貼られてしまったらしい。私は清光なしに部屋を自由に行き来出来ないし、周囲の音すら聞こえない。清光以外が入ってこれない当たり、他の刀剣達もお手上げなのだろう。助けは絶望的である。以前は私も清光も、他の刀剣達だって、皆が楽しそうに笑って賑やかだった筈の声が、もうどこからも聞こえない。清光の濁った目が私を見詰める。



「好きだよね?主。この色も、俺も、好きだよね?愛してるよね?」



愛してる。その言葉の意味とは大きく異なるかもしれないが、私はそれなりに清光を特別視していた。初期刀として私の側で支えてくれた清光に、やはり思い入れが強くなってしまうのは仕方のない事だと思う。けれども、今、それと同じだけの愛情を彼に与えられるかといえば、正直怪しい。私は清光が大切だけれど、ここまで一方的に好意を向けられても困るだけだ。対処しきれないし、消化もしきれない。畳に目を遣るのも、今日何度目か分からない。



「主?俺の事、愛してないの?ねぇ、なんで何も言ってくれないの?」
「……私は清光が大切だよ。だから、もうここから出して。」



私の側に寄る清光が、頬を包んで顔を上げさせる。今にも泣きそうな潤んだ目で、その目が怖いと物語る。清光は、感情が表に出やすい子だった。安定や和泉守と喧嘩をしたり、短刀達と遊んだりしながら、ころころ表情を変えていた。けれど、今の清光はただただ恐怖に追われている。こんな状況で清光を捨てられない事は、清光が一番分かっている筈なのに、それでも私に捨てられるのではないかと怯えている。まるで、強迫観念に駆られているようだった。清光は、暫し考え込んだ後、私の額の上に指を乗せ、何か字を書くように指を滑らせた。その間、ぼうっと、どこを見ているのかも分からないその目を見詰めた。もしかしたら、出して欲しいと言う言葉に癇癪を起すのではないかと思っていたが、意に反して落ち着いている様子に違和感を覚える。本来は、落ち着いている姿を見る事が多い筈なのに、ここ最近気の触れたような清光しか見ていなかったせいだろうか。



「主は外に出たいの?」
「うん、出たい。」
「なら、俺の事、呼んで。」



言われた通り、清光の名を呼んだ。そうしたら、ちゃんと正式名称で呼んでくれという。どうして。疑問は浮かびつつも、それで出れるのならば。そう思って清光の名を呼んだ。すると、一瞬だけ目の前が歪んで、浮遊感を感じる。しかし、瞬きを一つするうちに視界の違和感も、浮遊感もなくなっていた。自分の身に何かが起こったのか。ぺたぺたと自分の体に手を這わせたが、おかしなところはない。目をぱちくりさせながら、清光を見遣ると、ここ最近すっかり見る事のなかった、満面の、何の裏もない笑みを浮かべている。



「これで、主は何時でも外に出ていいんだよ。」
「本当?」
「うん、いろんな所に行こう?」



良かった。何時もの清光に戻ったんだ。ようやく、安堵出来たような気がして、張っていた神経が緩むのを感じる。久しぶりに一人で立ち上がり、すっかり衰えてしまった足の筋肉を奮い立たせ、ふらふらした足取りで障子を開ける。久しぶりに見た庭は綺麗に木々が生い茂っていて、太陽の日が眩しい。思わず目が眩むが、それすらも嬉しかった。しかし、違和感があった。私の記憶が正しければ、生い茂っている木々の場所が反対だ。本丸の構造も、綺麗に正反対。倉や門も、私の記憶にある位置とは違う。後ろで、障子を閉める音が聞こえた。



「どこに行く?主となら、俺どこだっていいよ。」
「う、ん……?ねぇ、何か、おかしくない?」
「おかしい?」
「この木、こんな所にあったけ?」



私の横でにこにこと笑う清光は、私のよく知る笑顔を浮かべている。文句を言いながらも、内番をこなした後にお菓子を出せば喜んだ。出陣で誉れを取った時、嬉々として報告をしてきた。綺麗、可愛いと褒めると、よく笑った。そんな、何気ない日常の中でよく見た笑顔だ。先程まで、何時癇癪を起すのかはらはらしていたが、今ではその様子を微塵も感じさせないくらい。どこか余裕さえ感じる。不思議がる私を余所に、清光は当たり前だと言わんばかりの表情を浮かべた。そういえば、外に出た筈なのに、他の子達の声が一切聞こえない。



「こっちに木はなかったけど、全部正反対になってるから、こっちであってるよ。」



嫌な予感がした。何か私と清光との間で、勘違いのように意思の疎通が出来ていない気がする。聞きたくない。しかし、聞かない訳にはいかない。こんな違和感を感じたまま、生活をする事は出来ない。他の刀剣達の様子も気になる。しかし、清光はにっこりと笑って余計、私を混乱させた。



「ここには俺と主しかいないんだよ。」



俺だけを見て。俺だけを愛してね。
その言葉の意味するところを、私の混乱した頭で考える事は困難だった。ただ一つ分かるのは、清光が嬉しそうだという事だけだ。




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