鶴丸がお姫様抱っこ



「なぁなぁ?驚いたか?」
「驚いた驚いた。」
「そりゃ良かった!」



目が疲れて腰も痛くなるくらいパソコンと見詰め合う私の後ろで、肩を叩いたり、頭を押し付けたり、声を掛けたり、と鶴丸さんが鬱陶しいくらいに仕事の邪魔をしてくる。というのも、書類の束を持ちながら歩いていたところ、曲がり角で驚かされるというベタな手に引っ掛かってしまった。バサバサと周りに書類が落ちていき、私の驚いた声を聞きつけて近侍の光忠が慌てて走って来る足音が聞こえるというのに、この男、目を輝かせて嬉しそうに私を見ている。こんなベタな罠に引っ掛かった私も私だけれど、どうやら久しぶりのオーバーリアクションが、鶴丸さんはお気に召してしまったらしい。さっきから、なぁなぁ、とうるさい。溜め息が漏れそうになるのを、ぐっと堪えて、伸びをしてからパソコンを閉じた。



「おっ、もうその機械は弄らなくていいのか?」
「良くないですけど、鶴丸さんがうるさいから休憩。」
「時には休憩も必要ってな!こーんな腰が曲がってちゃ、さっさと婆さんになっちまうぞ。」
「いたっ!」



ばんばんと遠慮もなしに私の腰を叩く鶴丸さんを睨む。細い腕して案外力があるのか何なのか、痛む腰を抑えたが、鶴丸さんはといえば、笑いながら光忠が置いていってくれた湯呑みに口を付けていた。最早怒る気持ちも失せて、私も湯呑みに口を付ける。じと、と鶴丸さんの事は睨み付けたままだが。



「すまんすまん。そんなに痛かったか?」
「痛かったですよ。光忠や大倶利伽羅に比べて細い癖に。」



お茶を啜りながら恨みがましく吐き捨てるように言うと、それまで笑顔だった鶴丸さんから表情が消える。細められた目が私を睨みつけるように見詰めた。まさか、他の子達より細いのを気にしていたのだろうか。いや、確かに細い癖にと言ったのは私だが、鶴丸さんはそもそも小食で、食べる量が少ないのだから当たり前の体型というか。線が細いところもあるし、そんなに気にする必要があるのだろうか。寧ろ羨ましいくらいなのだが。ごくり、と口に含んでいたお茶を飲み込んだ。



「あのな、一応俺も男として体を得たんだ。君より力があって当然だろう。」
「そ、そう、ですよね。いや、でも、悪い意味で言ったんじゃなくて!細くて羨ましいなぁ、とも思ってて……。」



なぜだろう。弁解をしている筈なのに、どんどん鶴丸さんの表情が険しくなっていく。喋れば喋る程、墓穴を掘っている気しかしなくて、最終的に自分が何を言っているのかも分からなくなった。先程とは状況が一変、鶴丸さんが恨みがましそうに私を見詰めている。その視線に居た堪れず、お茶を啜って誤魔化した。しかし、鶴丸さんがごほん、とわざとらしく咳払いを一つするので、思わず鶴丸さんを見遣ってしまう。



「そこまで言われちゃあ、黙ってはいられないな。さ、立ってもらおうか。」
「え?あの、どうして?」
「なぁに、怖がる事はない。勿論、変な事もしないから安心してくれ。」
「その一言で安心出来なくなるんですけど。」



しかし、何時までも渋ってはいられない。なんせ、今形勢有利なのは私のせいで機嫌を損ねてしまった鶴丸さん側だからだ。これ以上駄々をこねて、更に機嫌を悪くされても困る。ここは大人しく従うのが得策である。そう確信した私は覚悟を決めて立ち上がり、鶴丸さんの側へと近寄る。こうして並ぶと、やはり他の刀剣達よりも、うんと細いくて白い。けれど、私より身長が高くて、角張っている掌は大きい。案外、筋肉もついているのだろうか。ぼう、と俯き気味に鶴丸さんを観察していれば、その掌は私の体へと伸びて来る。



「わっ!」
「確かに俺は光忠や大倶利伽羅に比べれば細いかもしれんが、俺も男なんでな。これくらい訳ないんだぜ?」



突然体が宙に浮いて、慌てて鶴丸さんにしがみ付く。鶴丸さんはといえば、にやにや笑って私の顔を覗き込んでいた。私へと伸びて来た腕は片方は膝裏へと、もう片方は背に回る。そうして、私を地面から引き放すと、所謂、お姫様抱っこの出来上がりである。得意げな顔をしてにやにや笑う鶴丸さんに対して、私は驚きと恥ずかしさと下ろして欲しい気持ちと、兎に角いろんな感情がない交ぜになって、固まってしまった。そんな私を面白がってなのか、額や瞼の上に軽くキスを落としてくるせいで、他の感情など気に留めている余裕などなしに羞恥心が募ってくる。



「ちょ、ちょっと、鶴丸さん!」
「これでも君は、俺を光忠や大倶利伽羅と比べるか?」



唇に、触れるだけのキスをして、そんな事を言うのはずるい。これだから、歳を食ってる奴は。そう思いながら、私は首を左右に振るので精一杯だった。




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