長谷部の優越



現世に呼び出されてからずっと、俺は貴方の物だ。まるで幼子のように、きらきらと純粋な瞳で俺を捉えたその時から、俺は貴方だけを見てきた。初めて近侍として選ばれ、その後ろ姿を見詰める事が何よりもの贅沢だと思えた。数歩後ろを歩く俺に、振り返って貴方の隣を歩くよう笑ってくれたその瞬間の高揚感を、つい先程のように思い出せる。戦場で誉れを取れば笑顔で出迎えて、傷を負えば我が事のように顔を顰める。優しいお方だ。だが、その優しさは時に誰かを傷付ける。そう、貴方を独占したいと考えている俺みたいな奴は特に。



「主、書物を持って参りました。」
「んー……。」



歯切れの悪い返事は寝ていた証拠だろう。なるべく音を立てぬよう静かに襖を開けると、案の定、座布団を枕に仰向けで寝ていらっしゃる。起きようとしているのか、小さく唸ってはいるが、どうやら眠気の方が勝っているらしい。起き上がる気配が見られない。そんな様子につい笑みが溢れそうになる。何時だったか、光忠や歌仙を近侍にすると小言を言われると仰っていた。そんな奴等、刀解でも何でもしてしまえばいいというのに、主はそれをせず、小言を享受しているという。他の連中は主の優しさに胡座をかいているだけだ。それが腹立たしくてならないが、だからこそ、感謝もしている。こうして主が職務中にうたた寝をするのは俺の前だけだ。他の連中には秘密にするように、と主が仰ったのだ。今この時の事は、主と俺だけしか知らない。何と甘美な響きだろうか。それだけで、自然と口角が上がるのを抑えられない。否、抑える必要もない。今この空間には寝ていらっしゃる主と俺しかいないのだから。



「主……。」



足音を忍ばせて主の側に寄る。つい先程までは眠気と戦っていたが、どうやら軍配は眠気に上がったようだ。今はただただ安心しきったように眠っている。そう、安心しきって寝ている。独占したい。誰にも渡したくない。いっそ隠してしまいたい。そんな風に貴方を自分だけのものにしたいと考えては、貴方のその純粋無垢な身も心も犯してやりたいと思っている輩を目の前にして、その体を無防備に晒しているとも知らずに。まだ日も明るい。他の連中は歴史修正主義者と戦っている者もいる。それなのに、もし、今俺が貴方を襲ったとしたら。命をかけて戦っている者がいる傍ら、快楽に溺れているなど、何と背徳的な事だろうか。自分で自分の顔を見る事は出来ないが、笑っている事など容易に想像出来る。そっと、安らかに眠る顔に近付けば、小さく口を開けて浅い呼吸を繰り返す音がする。恐る恐る、ばれてしまわないように顔を持ち上げて、額に、瞼に、頬に、そして唇に、自分の唇を押し付けた。元より小さく開いていた口を抉じ開けて舌を入れる。舌と舌が合わさる、ぬるりとした妙な感触に体を震わせながら、ゆっくり、ねぶるように舌を絡めた。



「はっ、あぁ、主!んっ…!」



ただ唇を合わせているだけ。たったそれだけなのに、寝ている筈の貴方は時折体を跳ねさせて小さく声を漏らす。たいした事は何もしていない筈なのに、どうしてこうも気分が高揚するのだろうか。知りもしないが、知ったところでこの行為を止めたりはしないだろう。たっぷり含んだ唾液を飲み込ませるように口付けては、息が詰まるまで口付けをして、何度も何度も、まるで魅せられているかのように唇を合わせた。息も絶え絶えになって離れると、開いた口からはどちらかとも分からない唾液が口の端を伝っている。ああ、はしたない。貴方はただ眠っているだけだというのに、声を上げて、体は揺れて、はしたいない。もし、起きている時に口付けてしまったら、貴方は一体どうなってしまうんでしょうか。それ以上の事をしてしまったら。考えただけで、にたにたと笑う事を抑えられない。しかし、眉間に皺を寄せた主が小さく呻いて、薄らと目を覚ますものだから、無理矢理にでもこの笑みは隠さなければいけない。



「……あれ、寝てた?」
「はい。恐らく一時間程。」
「一時間!?」



慌てて起き上がった主が口の端に垂れている唾液に気付くと、気恥ずかしそうに服の袖で拭う。ああ、それが誰のものとも知らずに。それが内心可笑しくて、にっこりと笑う事で誤魔化したが、主は俯いてしまって俺を見る事はなかった。その耳が赤くなっている事から、目を合わせられないのだろうという事が分かる。



「たった一時間ですよ。職務ならば俺もお手伝いします。」
「あ、ありがとう。あのさ、出来れば、なんだけど。」
「はい。何でしょう。」
「も、もし今度口を開けて寝てるような事があったら、塞いで欲しいな、って。」



ちらりと俺を見上げては、直ぐ様視線を逸らしてしまう。何度も俺の様子を窺うのは、俺が唖然として返事をしないからだろうか。しどろもどろに俺の名を呼ぶ声が聞こえる。口を塞いで欲しい、等と、主から、そのような言葉が頂けるだなんて。今となっては、控えめに喋っていた事さえ恥ずかしさからではないかと思える。ああ、俺の口で塞いで欲しいだなんて、主は何てはしたないお人だろうか!いえ、しかし、そのような事は問題ではありません。神でもない限り、完璧などありえない。神であっても完璧ではないのだ。清純そうに見えて、その実、淫らだったとして、貴方がはしたないお人だというのは元から承知の上です。


「喜んで拝命致しましょう。」



それでも、いえ、だからこそ、俺は貴方をお慕いしているのです。




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