長谷部の腕を噛む



「噛んで下さいませんか?」



私の耳が可笑しくなければ、今、長谷部は噛んで欲しいと言ったのだろうか。何度か瞬きを繰り返し、唖然と長谷部を見上げる。私の聞き間違いの筈だ。そう思うのだが、腕をまくり上げ、差し出してくるという事は、私の耳は可笑しくなかった訳で。意味が分からなくてきょとんとしていれば、再び上から声が聞こえてくる。



「遠慮などなさらず。思い切りお願い致します。」



遠慮とか、そういう話ではない。何を言ってるんだ、こいつ。長谷部の腕と顔を交互に見遣るが、長谷部はどこか期待のこもった眼差しを私に向けていた。長谷部は変な奴だ。いつも近侍として頑張ってくれているし、出陣させればしっかりと隊を率いてくれて、遠征を頼めば手土産まで持って帰ってくれる。けれど、そんな長谷部にご褒美をあげるとなると、いつも変な注文をしてくる。というか、私にとってはご褒美でも何でもないと思う。今回だって、ただ痛いだけなのに、なぜそれを望むのか。私にはさっぱり訳が分らない。



「えっと、噛むの?」
「はい。」
「……じゃあ、失礼します。」



なぜ嬉しそうなのかは敢えて聞かない事にしよう。私としては、もっと長谷部を労うような、例えば1日お休みの日をあげるとか、そういう事をしたいのだが、私の思うご褒美と長谷部の思うご褒美にはどうやら大きな違いがあるらしい事に最近気が付いた。ちらりと様子を伺いつつ、長谷部の腕を掴んで、がぶりと甘噛みをすると、ぴくりと長谷部の体が揺れた。一応痛くないようにしたつもりではあったが、痛かったのだろうか。口を離そうとしたら、思い切り頭を掴まれ、腕に押し付けられた。



「んむっ!」
「主、もっと強く噛んで下さい。」
「ん!?」
「甘噛みでも普段ならいいのですが、ご褒美、なんですよね?」



ちらりと見上げた先には、恍惚とした表情の長谷部がにやにやと笑っていた。一体どうしたんだろうか。見上げながら無言の抵抗をしてはみたものの、私を見つめるその目は早く早くと急かすだけで、この行為を止めるという選択肢はなさそうだ。まして、頭を押さえ付けられている以上、碌に抵抗も出来ないので、仕方無しに長谷部の言う通りにするしかない。別に私は痛くないしどうって事はないのだし。そう自分に言い聞かせ、長谷部の腕を噛む力を強くする。がぶがぶと、甘噛みではなく、そこそこ力を込めて噛み付いていると、じんわりと血が口内に広がった。確かに遠慮せず噛み付いていたけれど、血が出るまで噛むつもりはなかったのに。そう思いつつ、反射的に傷口を舐めると、苦しそうな長谷部の息遣いが聞こえた。



「は、ははっ、名前様は意地の悪いお方だ。そうして俺を焦らして。」



見上げると、紅潮した頬に少しの快楽を含ませた目をした長谷部がいた。その視線が意味するところを知らない筈もなく。息を荒らげる長谷部に、どうしたものかと考えながら、とりあえず腕を噛んだ。




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