光忠怖い



「何、してるの?」



背中に視線を感じたのは、一度や二度ではない。勿論、それが同一人物だとは限らないのだけれど、この視線は他とはあきらかに違う。何か他の意図が含まれている。しかし、当人はいつもにこにこと笑うだけで何が、とは言ってくれない。ただ黙って、何かを自分の内側に秘めたままにこにこと笑って私の背中を見詰めている。この視線が嫌になったのがいつからか、もう思い出せない。



「何でもないよ。」



光忠は人当たりの良さそうな笑みを浮かべて、いつもいつもこうして私の言葉を受け流す。何もない筈がない。何もないのならば、何度も何度も黙って私の背を見詰める筈がない。言いたい事があるのならば、今直ぐに言えばいいのに。思っても口に出せないのは、私に度胸がないからだ。光忠の内側に秘められた何かを聞くのが、本当は恐ろしい。きっと私には良くない事だ。聞いたところで、きっと私に対処なんて出来やしない。だから、言って欲しいと思いながら、一度だって光忠に私を見ている理由を言えだなんて伝えた事はない。背を嫌な汗が伝って行く。



「じゃあ、僕は内番に戻るから。仕事、頑張ってね。後でお茶を持って行くよ。」
「ありがとう。光忠も頑張ってね。」



審神者である私が、こんな事では駄目だ。刀剣男士をまとめる身として、こんな風に、まるで怯えているような態度をとってしまっては規律が乱れてしまう。しっかりしなければ。自分を叱咤して気丈なふりを装うも、文机の上に置かれた手は小さく震えていた。

***

「名前ちゃん、入るよ。」



今日中にまとめなければならない書類は終わった。後はこれを上方に送って、もう少しだけ書類の整理と情報の確認をしなければ。最近の歴史修正主義者の動向も確認して刀装の補充もしないと。検非違使の動きも気になる。終わったと思えば、次から次へと仕事は湧き出てくるもので嫌になる。そんな時、ちょうど疲れて休憩でも入れようかと思っていたタイミングで声が掛った。光忠の声だ。少しばかり体を強張らせてしまったけれど、何て事はない。先程お茶を持って行くと言っていた。ただそれだけの事だ。襖を開けて中に入って来た光忠の手にはお茶とお菓子の乗ったお盆があった。



「お疲れ様。どうだい?仕事は順調かい?」
「光忠もお疲れ。今日中にやらないといけないのは終わったよ。」



パタン、と襖が閉められると、何だか妙に緊張してしまう。二人きりだと、あの視線から逃げ場がなくなってしまうからだろうか。視線が私に向く。たったそれだけの事で私は息が詰まったように苦しくなって、呼吸の仕方まで忘れてしまうような気さえする。そんな自分を落ち着ける為にわざとらしく文机に向き直って、関係のない書類を整理したりして。綺麗になった机の上に、光忠はお茶とお菓子を置いてくれた。お礼の一つも言わなければ。長谷部や薬研がお茶を淹れてくれた時にはお礼を言うのに、光忠の前だけで黙ったままなのはおかしいだろう。軽く呼吸を整えてお礼を言おうと振り返ろうとした、その時、文机の上に置いていた私の手に光忠の手が重なって、反射的に鳥肌が立って、体が跳ねた。



「そんなに怖がらなくても良いのに。僕、名前ちゃんに何かした?」
「え、いや、光忠……?」
「バレバレだよ。目は口ほどに物を言うって本当だね。どんなに気丈に振舞ったって、僕を見る目が怯えてる。ねぇ、僕がそんなに怖い?」



耳の直ぐ側で声が聞こえるのが気持ち悪い。息が掛るのも、無理矢理私の指の間に自分の指を絡めて強く握り締めるのも、全部全部。文机と光忠の体に挟まれて身動きのとれない私は唯只管困惑して、光忠の言う事への理解が追い付かない。なんで怖がっているのがバレたんだろう。いや、そもそもの話。なぜ私は光忠が怖いんだ。だって、光忠はよくない事を考えてる。分からないけれど、何か隠してる。しかし、それで私が被害に遭った訳ではない。じゃあ、どうして。ぐるぐるぐるぐる、自問自答を繰り返し、解決なんてしない事をずっと考えている間に、光忠のもう片方の手が腹部を撫でるように触れてくる。光忠に怯える理由なんて分からないのに、ぞわぞわと悪寒が走った。



「酷いなぁ。僕はこんなに名前ちゃんの事……。まぁ、いいや。」



体から圧迫感が消える。私の手も体も自由に動くようになった。慌てて振り返ると、やっぱりにこにこ笑った光忠が、対して心のこもってない謝罪を口にしていた。




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