長谷部と光忠と大倶利伽羅と薄暗い本丸生活



→BLを仄めかす表現があります。苦手な人は注意してください。



無理矢理仲良くしろだとか、喧嘩は一切するなとか、そんな事は言わない。大所帯で暮らしていれば喧嘩の一つや二つあるだろうし、性格の合う合わないくらいあって当然だと思う。勿論、仲良くする努力や喧嘩をしない努力はして欲しいけど、無理な事だってあるし、もしかしたらそうする事でしか自分の感情を上手く伝えられない不器用な奴等だっているかもしれない。それは個性だ。叱り付けて抑え付けるものじゃない。けれど、そういった感情の一切合財を上手く隠せる奴等もいる。大人数での共同生活でそれはとても重要な事かもしれない。協調性があって、手の掛からない良い子と捉えるべきなのか。しかし、その感情の隠し方には薄ら寒さを感じる。表面上は度を越すくらい仲が良く見えるのに、裏ではお互いを監視し合っているような、妙な関係に思えた。



「ねぇ、名前ちゃんも良かったらおいでよ。」
「馴れ馴れしいぞ光忠。」



人当たりの良さそうな笑みを浮かべた光忠を長谷部が咎める。皆を束ねる以上、ある程度の距離感は必要だが、呼び方は別になんでもいい。光忠も馬鹿じゃない。自分の立場も私の立場も理解して一定の距離感は保っている。これが度を越えていれば叱りもするが、今のところ叱る必要性がない。二人の遣り取りを黙って見ていれば、側にいた大倶利伽羅が袖を引く。


「あんたも来たらいい。どうせ暇なんだろう。」



見上げれば、その目には自分が映っている。覇気のない顔だ。こんな女のどこがいいんだと思わずにはいられない。光忠や大倶利伽羅が私を執拗に誘うのは、本丸を出て万屋や市場なんかがある城下町のような場所。その一角に集中している、所謂そういうお店だ。現代風に言うなればラブホテルとかアミューズメントホテルとか、そんな感じ。これから三人でしけ込むからお前もどうだ?なんて誘われるのは、これが一度や二度ではなかった。最初は何の気なしに光忠を連れて万屋に向かっていた時。大倶利伽羅と長谷部が宿にいるから、僕達も交ざりにいかない?なんて。聞いた時、自分の耳を疑ったし意味が理解出来なかった。しどろもどろではあったが断りを入れれば、そっか、残念、何て思ってもいない感情を吐き出していた。



「何度も言うけど行かない。三人の性癖とか関係とか、とやかく言うつもりはないけど他人を巻き込むのは感心しない。」
「残念だな。僕等は君が大好きだから何度だって誘うんだよ。」
「胡散臭い。」
「酷いな。」



酷い、と言いながら傷付いた様子など一切見せず普段通り笑っているから胡散臭く見えるのだ。どうせなら、悲しんでいる演技の一つや二つ、してみればいいのに。気にせず溜め息を吐けば、長谷部が心底心配そうな顔をして控え目に主、と声を掛けてくる。光忠はこれくらい感情と表情を一致させればいいのに。



「すみません。主に迷惑を掛けるつもりはないのですが、その、光忠が言っている事は本当で……。」
「そう。気持ちは嬉しいけど、受け入れられないよ。」
「……はい。存じております。」



長谷部は俯いたまま絞り出すように声を吐き出す。別に刀剣男士との恋愛を禁止されている訳じゃないし、本丸内で恋愛を禁止した覚えもない。好意を向けられるのは純粋に嬉しい。けれど、それを受け入れられるかどうかといえば別問題だ。ここで変に声を掛ければ、気持ちを整理しようとしている長谷部の邪魔になる。優しさは時に人を傷付ける事もある。だからこそ、長谷部を一瞥するだけに留めた。



「気が長い方じゃない。」
「え?」
「今のうちに逃げるだけ逃げ回っておけばいい。」



じっと私を見詰める大倶利伽羅の目の奥には劣情にも似た燻ぶりを宿している気がした。思わず目を逸らしたが、ぞっと体が震える。光忠も長谷部もあまりがっつくような素振りは見せない。光忠は私を頻繁に誘うけれど、断ればそれで終わりだ。長谷部はあまり誘ってこないが、私への思いを吐露をするように誘うので思わず長谷部の手を取りそうになる。ただ、光忠と同様断れば潔く引き下がる。しかし、大倶利伽羅は私に抱く欲を隠す事もせず、見せ付けるかのように押し付けてくるのだ。二人を牽制しているような、ある種、動物のマーキングのような行為にも思える。大倶利伽羅が光忠や長谷部を軽く睨みつけて部屋から出ていくと、それにつられる様にして光忠も部屋を出て行く。



「大丈夫だよ。今はまだ皆の物だから。勿論、僕は君に選んでもらえるように最善の努力はする。大倶利伽羅にも、長谷部君にも、譲れないからね。」



部屋を出る直前、光忠が振り返る。出て行った大倶利伽羅にも、部屋で俯く長谷部にもよく聞こえる通った声が響いた。相変わらず人当たりの良さそうな笑みを浮かべているが、細められた金色の目が笑っていない事だけはよく分かる。いつもそうだ。他の誰かを選ぼうものなら何をするか分からない。その目がそう語る。私を野放しにしているふりをしていながら、実際には私を一番縛りつけているのは光忠だ。光忠の言葉はいつもいつも脅しのように私に降り掛かる。部屋を出ていく後ろ姿を見詰めながら、嫌気が指した。ちらりとまだ部屋に残っている長谷部に目を遣れば、長谷部は今にも泣きそうな顔をして私に手を伸ばしてくる。



「主っ、主、俺は、すみません……。分かっているんです、俺、俺が間違っているって事は、でも、俺、すみません、すみません……。」



ぼろぼろと涙を零す長谷部を、流石に突き放す気にはなれない。しかし、かといって何と声を掛けて良いのかも分からない。何と言ったところで、私は長谷部の気持ちも受け入れられないのだ。ただ黙って泣き止むまで背を撫でてやる事くらいしか出来ない。ぎゅう、と痛いくらいに抱き締めてくる長谷部に多少息苦しさを覚えながら、落ち着かせるように背を撫でた。互いに探りを入れるような、いつ誰が均衡を崩してしまうかも分からない曖昧な線引きをして三人はお互いを監視し合っている。それなのに互いに欲を満たす関係にあるのは、それが愛情の欠落とでもいうのだろうか。果たして、審神者である私がそこまで面倒を見る義務があるのだろうか。例え義務があったとして、彼等の求めるものは義務から生じる感情ではないだろう。嗚咽を漏らす長谷部の声を聞きながら、どうする事も出来ずにただ背中を撫でてやる事しか私には出来なかった。




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