長谷部はデリカシーがない



何時如何なる時も、主の身を守るのが近侍として、いや、主の刀剣としてあるべき姿。そう思い、今迄過ごしてきた。畑仕事であろうとも、主の体に入って養分となる事を考えれば苦ではなく、寧ろ誇りに思えた。遠征で主と離れる事があろうとも、結果を出し、喜んで頂けるのであれば鬱々とした気持ちも晴れた。それなのに、なぜ。



「今、なんと……?」
「だから、夕飯終わったら、長谷部も自由に過ごしていいよ。」



俺を見詰める主は至って自然体だが、その口から紡がれる言葉はまるで死刑宣告のようで、嫌なくらい心臓が跳ねた。何か、至らない点があったのか。もしくは、俺が主の気に障るような事をしてしまったのか。あるいは、俺を捨てるのか……?目の前に座る主の顔を、もう今は直視すら出来ない。



「長谷部?どうかした?」
「……なぜ、ですか?」
「え?」



主の声が直ぐ側で聞こる。主は心底不思議そうに俺の名を呼ぶが、質問には答えてくれない。理由がないのに、突然自由にしていろだなんて。何か、何か理由がある筈だ。そうでなければ、俺は……。



「俺は主のお側で働ける事が生き甲斐なのです!朝の弱い主を起こす事がどれだけ俺の楽しみになっているか!眠気眼を擦る仕草も、まだ寝たいと駄々を捏ねるお姿も、一日の第一声を主に掛けられる喜びも!日々の任務や日課をこなす真剣な眼差しや伸びた背筋、時折だらけて畳に寝転び、乱れた衣服から覗く肌。俺がお茶を運べば、慌てて繕うように起き上がって、照れたように微笑む表情。就寝の際には、主の身を守るために廊下で待機し、その寝息すら愛おしく「待って待って!落ち着いて!」」



慌てたように俺の口を塞ぐ主の顔は真っ赤だった。伝えたい事はかなり簡略化してお伝えしているつもりなのに、どうして遮られたのか。疑問符が浮かびながらも、主の命であるのならば、と頷いたら、ほっとした顔の主が俺の口から手を離れていく。いえ、手は離さなくても宜しかったのですが。



「は、長谷部の気持ちは分かった。でもさ、それって一日中働き詰めって事だよ?疲れるでしょ?」
「主のお姿さえ視界に映せるのであれば、疲れなど吹き飛びます。」
「で、でも、夜は寝ないと体にも悪いし。」
「主を狙う不貞の輩が居ると思うと安眠など出来ません。」
「だ、だから、その、私も夜は一人になりたい、というか……。」



観念するかのように絞り出された声はとても歯切れが悪い。急かすつもりもなく、じっと主を見ていれば、真っ赤な顔を更に赤くして、徐々に徐々に俯いていく。はて、どうしたものか。俺はただただ首を傾げるばかりだ。



「ひ、一人になりたいの!一人じゃないと出来ない事もあるでしょ!い、いろいろと。男の人なら分かるでしょ……?」
「!」



ここまで言われて分からない訳もなく。いくら主が女性といえど、そういう欲がある、と言う事だ。つまり、自慰をしたいから、俺には捌けていろ、と言う事なのだろう。耳まで真っ赤にしてしまった主は心無しか震えているように見えた。そういう問題であれば、確かに理由を言い出しにくいのは分かる。しかし、だからと言って、主の身が危険に晒されては困る。一人には出来ない。どうするべきか。そう考えた時、直ぐに名案が浮かんだ。



「俺を夜伽にお使いください。」
「は!?」
「俺が側にいれば、主の身が危険に晒されたとしてもお守り出来ます。主も欲を発散出来ますし、如何で「長谷部の馬鹿!!!」」



思い切り頬を殴られ、部屋から追い出されてしまった。その際、主の真っ赤になった頬とその瞳に涙を溜めて、眉をつり上げた表情がひどく愛らしかった。



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翌日、長谷部は主の部屋に入れてもらえなくなりました。




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