寂しいなんて嘘



主の命を受けて遠征から帰る頃には、すっかり夜も更けていた。同じ部隊にいた連中に休むよう伝えて、俺は主の部屋へと足を運んだ。主のお役に立てるのならば。その一心で働いてきたが、能力が上がり過ぎた俺はこうして毎日毎日遠征に明け暮れていた。検非違使や夜戦、謎の里など、政府から次々と新たな敵や戦場が告げられ、その度に資材が必要になる事は理解している。寧ろ、主にそれらは必要なく、俺達の為だという事も分かっている。何より、主が俺を頼っているのだから、それに応えるのが家臣の務め。ただ、遠征を繰り返していて、主と共に過ごす時間がほとんどないのも事実だ。二人きりでいられるのは遠征の報告をしている時くらいで、後は次の遠征に備えたり、他の連中と厨に立ったりと、まともに主と話せていない。今回のように帰りが遅くなれば、主も眠っている。わざわざ起こすような真似はしないし、俺だって疲れているのだから早々に部屋で寝る。そんな日が続けば、遠征中に溜め息を吐いたって罰は当たらないだろう。主の部屋へと続く廊下を歩いていれば、時折、ぎし、と木の軋む音が響いた。



「失礼、します。」



主の部屋の前に行けば、真っ暗になっている事から眠っているのは分かった。そのまま、自分の部屋に戻っても良かったのだが、少しだけ、主の顔を見ておきたい。その欲に駆られて、足音を立てぬよう部屋に入り、息を殺して、気配を殺した。後ろ手に襖を閉めて、すやすやと眠る主に近寄る。覗き込むようにして主の顔を見れば、規則正しい寝息と穏やかな寝顔が、そこにはあった。



「主……。」



ぽつりと呟いた声は闇夜に消えていく。起こしてしまいたい訳ではない。けれど、もしも、偶然、目を開けてくれるのならば、その目に俺を映して、その声で俺の名前を呼んで欲しいと思った。勿論、警戒する事なく無防備に眠る主は、俺が今側にいる事すら分からないのだろう。そう思うと、少しだけ虚しかった。持っていた自分の本体を主の枕元近くに置き、手袋も外して近くに投げる。眠る主の頬に手を伸ばせば、暖かくて、冷え切った指先がみるみる熱を帯びていく。反対に、主は指先の冷たさに少しだけ眉間に皺を寄せたが、俺の指先に擦り寄るようにして寝返りを打った。主が俺に命じる事ならば、何でもこなしたい。主の役に立てるのなら、体力が尽きるまで働いたっていい。けれど、主の側にいる事出来ないのは、案外堪えるものだ。ごろん、と畳に寝転びながら、起きる気配のない主の寝顔を見詰めた。



「主、俺は、貴方の側がいいです。」

***

規則正しい生活にも慣れたもので、最近は目覚ましがなくても一定の時間に起きれるようになった。かといっても、秋冬の寒さは体に沁みる。布団から出るのは億劫で、抗うようにゆっくりと目を開けた。すると、目の前には見慣れた天井などではなく、眉間に皺を寄せて眠る長谷部がいる。何度か瞬きを繰り返したが、どうやら夢や幻覚の類ではないらしい。どうしてこんな所で眉間に皺を寄せながら寝ているのだろうか。色々、考える事はあったが、寝起きの頭では上手く働かない。それに、このままでは長谷部が寒そうだ。なるべく長谷部に近寄りながら、半分ずつ布団が被さるように布団を掛け直せば、眠りが浅かったのか、たったそれだけの振動で目を覚ましてしまった。



「おはよう。」
「……お、はよう、ございます……?」



は、と我に返った長谷部が起き上がる。ばさ、と布団を捲るせいで私に被さっていた部分まで捲れてしまって寒さに身を縮こまらせた。長谷部は慌てて私に布団を掛けてくれたけれど、空気に触れてしまって冷たくなった布団はあまり気持ちのいい物ではない。目を覚ましたのだから、起きなければ。それに、長谷部に聞かなければならない事もある。上半身を起こして、僅かな抵抗として下半身は布団で暖を取りながら、長谷部に問い掛けた。



「どうしたの?こんな所で寝て。」
「い、いえ、その、遠征の帰りで報告に窺ったつもりだったのです、が……。」



妙に歯切れが悪い。私の目を見ず、宙を彷徨っている。言いたくない事があるのは明らかだった。別に、無理強いをして聞き出すつもりはない。言いたくないのならば、言わなくてもいいと伝えれば、罰が悪そうに黙った長谷部が咳払いをする。



「すみません。直ぐに戻るつもりだったのですが、どうしても、貴方に会いたかった、ので。」



みるみるうちに真っ赤になる長谷部に、目を見開く。会うも何も、毎日本丸で会っているじゃないか。もし、今が寝起きでなければ、ちゃんと言葉の意味を汲み取れたのかもしれないが、どうにも長谷部の言っている事が上手く理解出来ない。腕を組みながら、盛大に首を傾げると、また咳払いをして、ですから、と話を続ける。



「ここのところ、遠征続きで、こうして二人で話す事もなかったので、それで……。」
「寂しかった?」



言葉を濁す長谷部に浮かんだ言葉を続けてみれば、分かりやすく慌てだしたので、そういう事なのだろう。確かに、ここのところ長谷部には遠征任務ばかり与えていた。誰よりも早く能力が上がり、皆の補助に回ってもらおうと思っての事だったが、それはあくまでも仕事の話し。長谷部の気持ちを考えれば、少し酷な事をしてしまったかもしれない。すっかりしおらしくなった長谷部が俯いている。



「長谷部、長谷部。顔上げて。」
「はい……?主?」



顔を上げた長谷部が不思議そうに私を見詰める。両手を広げて今か今かと長谷部が来るのを待っている私はそわそわと長谷部を見詰めた。何をしているんだ、と言いたげな視線を寄越す長谷部に手招きをすると、不審に思いながらも私のすぐ側まで寄って来るところは、本当に従順だ。そのまま、寄って来た長谷部を抱き締めてやると若干身動ぎはしたものの、抵抗らしい抵抗はほとんど見せなかった。



「ごめんね。今日は遠征お休み。」
「! で、では、俺を近侍にしてください。主のお役に立ってみせますよ。」



休みを欲しがらないところが長谷部らしいというか、何というか。擦り寄るようにして首筋に顔を埋めて背に腕を回された。ぎゅ、と腕に力を込められると、暫く離れる気がないように思える。子供をあやすようにゆっくりと頭を撫でてやりながら、長谷部の言葉に頷いた。




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