君の骨を煎じて飲むほど



→女審神者(故人)の元にあった鶯丸が男審神者の手に渡ってる
→死や猟奇的な表現を仄めかしているので苦手な人は注意



「鶯丸!」
「おや、どうかしたか。」



本丸の裏手。日の入りが悪い場所を好んでいるのか、鶯丸はいつもそこにいた。ばたばたと駆け寄る俺とは違い、鶯丸はのんびりとしたペースを崩さぬまま、湯呑みに口を付ける。その様子に少しだけ呆れながらも、隣にどっかりと腰を下ろす。鶯丸は相変わらず物怖じする事なく、空を見上げながらお茶を飲んでいる。本当に、お茶が好きな奴だ。



「どうかしたか、じゃないぞ。また内番サボって。」
「少し休憩しているだけだ。」
「博多がタイムイズマネー!って言いながら働いてるぞ。俺に鶯丸を探してくるよう頼んで来るくらいに。」
「たいむ……?」



鶯丸は俺の言葉が聞き慣れないのか、不思議そうに首を傾げる。他の刀剣達も横文字には弱いが、俺の本丸では俺が横文字を使うせいで、そこそこ皆が横文字を覚え始めていた。正確な意味は分からずとも、何となくニュアンスから読み取れる奴もいるくらい。だが、鶯丸が分からないのも当然かもしれない。鶯丸は、余所の本丸からやってきた。前の主が亡くなり、鶯丸を所持していなかったという理由で俺の本丸にいる。前の主は、あまり横文字を使わない人だったのだろうか。政府の話では、鶯丸の前の主は女性だったらしく、きっと俺には分からない繊細な気配りの出来た人だったのだろう。湯呑みを握ったまま、少し考える素振りを見せる鶯丸に答えを教えてやった。



「時は金なりって意味だよ。聞き慣れないか?」
「そうだな。あまり、聞いた事のない言葉だ。」
「へぇ。前の主さんは、結構気を遣ってたのかもしれないな。」
「ああ、そうかもしれない。」



頷くと、鶯丸はお茶を飲んで、また空を見上げる。その様子は様になるが、そんなに空を見たいなら、表のもっと広い所で眺めたら良い。内番をサボるために、わざわざ隠れた場所を探すような性格には見えない。寧ろ、堂々とサボっていそうなイメージがあるが、偏見だろうか。俺の本丸に来て日が浅い訳ではないが、どうにも鶯丸は掴めない奴だ。前の本丸の事もあるし、少しでも気の休める場所になればいい。そう思って鶯丸を政府から預かった。そのためにも、もっと鶯丸の事を知りたい。なぁ、と声を掛けると鶯丸はこちらへと顔を向けた。



「前の主さんはどんな人だったんだ?政府から女性だとは聞いてるが、それ以外は分からなくて。」



鶯丸は、自分の事を話さない。鶯丸の事を聞いていたかと思えば、いつの間にか大包平の話にすり変わっていて、いつも驚く。だから、周囲の事を聞く事にした。そうすると、比較的軸がブレずに話を聞く事が出来る。少しだけ、鶯丸の事も。俺が尋ねれば、鶯丸は顔を俯かせ、湯呑みを見詰めた。



「そうだなぁ。主は、何と言ったらいいか。きっと、優しいと、言うんだろうな。」
「へぇ。」
「優し過ぎて、脆かった。だが、俺はそんな主が存外嫌いではなかった。」



政府からは女性としか聞いていなかった。しかし、前の主がどういう理由で鶯丸を手放す事になったのか、その経緯までは聞いていない。もしかしたら、前の主はもう。そう思うと、軽率に話を振った事を後悔した。



「人間の一生は短い。主と過ごした時間など、瞬きする程に一瞬だった。そのうち、記憶の片隅に埋もれてしまうかもしれない。だが、最期まで主の側にあれた事を、俺は嬉しいと思っているんだ。」



珍しく微笑んだ鶯丸に、そうか、と返すのがやっとだった。鶯丸の言う通り、付喪神にしてみれば人間の一生など、ほんの僅かで、彼等は存在し続ける限り多くの人間に出会うだろう。こうして俺達と過ごした時間も、いつかは忘れてしまうかもしれない。俯く俺に、鶯丸が話を続ける。



「俺は、主を忘れたくなくてな。今、この瞬間も、これから先も、共にあれたらいいと思っている。」



手にしている湯呑みを愛おしそうに撫でる。もしかしたら、その湯呑みは前の主の形見なのかもしれない。長話をしてすまなかった、と言う鶯丸に首を振り、今日のところはサボりを見逃してやろうと執務室に戻る事にした。博多に謝るようにと告げて。

***

「鶯丸、君はいつも茶を飲んでいるが、一体どこのだ?厨にあるものは使っていないようだが。」
「前の本丸から持って来たものだ。」
「おっと、そうだったのか。野暮な事を聞いたな。」
「いいや、気にするな。」



茶を飲むのが好きだ。どんなものであっても、飲んでみたいと思う。歌仙が選ぶ物は上等な品ばかりで外れがない。博多の選ぶ物は値段の割に美味い物を出してくる。鶴丸が選ぶ物は不思議な味ばかりで驚かされる。しかし、どんな時でも、自分の慣れ親しんだ物が一番だ。鶴丸の側を通り過ぎ、自室にある茶道具から茶葉と、骨を取り出した。今の審神者から貰った急須に湯と茶葉を入れて蒸らす間に、自らの刀を使って骨を削る。少しずつ少しずつ、欠片一つ零さぬよう湯呑みの中に入れて、茶葉が開いた頃合いに湯呑みの中へと茶を注ぐ。少しの茶葉に交じり、骨が茶の中で浮かぶ。確かめる様に一口飲み込めば、いつも通り風味の良い茶葉の香りが広がった。



「……美味いな。」



歌仙が選ぶどんなに上等な茶も、これには敵わない。ほ、と一息つきながら、茶道具に茶葉や骨を戻す。前の本丸があったであろう場所に位置する、今の本丸の裏手に腰を下ろしながら、今日も空を眺める。瞬きする程、一瞬の時間だった。けれども、その瞬間がつい昨日の事のように思い出せる。優しくて、穏やかだった日々。湯呑みを傾け、ごくりと飲み込めば、いつも俺の傍らにいた主が微笑んでいる。ああ、こうしていると俺はいつまでも主とあれる。もう会えないなどと悲観的になる必要はない。俺の中で、主はこうして生き続けている。今日もこうして、生きている。



――――
支部にお試し投稿したもの。




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