神隠し5



とある夜、ふと目を覚ました。ゆっくりと目を覚ませば、真っ暗な世界、しん、と静まり返った空間が存在している筈だった。しかし、私の意に反して賑やかな話し声と砂利道を歩く音が聞こえる。何人も、何十人もいるのか、その音は止む事を知らず、延々二続くのではないかと思えた。明かりを灯している訳でもないのに、襖を隔てた向こう側、外では煌々とした明かりによって照らされ続けている。部屋までを照らす光だ。さぞ、大人数が明かりを手にしているのだろう。しかし、今まで私と長谷部以外の存在を見た記憶がない。こんなに大勢、一体、今までどこに隠れていたというのだろうか。上半身だけを起こし、襖の側へ寄る。出来る事ならば、どんな存在なのか見ておきたい。ざわざわと好奇心に駆り立てられる。もしかしたら、自分と同じような子がいるかもしれない。もしかしたら、現世に帰れるかもしれない。もしかしたら、もしかしたら。久しぶりに感じる好奇心に突き動かされるまま、隣で眠る長谷部を起こさないよう、静かに襖を開けようと手を掛けた。



「見てはいけませんよ。」



そ、と冷たい手が私の手を掴んだ。いつ起きたのか、いつ私の背後に来たのか。上がりそうな悲鳴は長谷部の手で塞がれたお陰で漏れる事はなかった。振り返ると、薄らと笑みを浮かべた長谷部が私を見下ろしている。透き通った硝子のような目は、煌々と照らす明かりにも負けないくらい光っていた。長谷部は私の口元から手を離すと、膝の裏と背中に手を回して抱き上げ、そのまま私ごと自分の布団の中へと潜り込む。手を掴まれた時も思ったが、やはりひどく冷たい。体温が奪われていくのではないかとすら思える。寝返りすら打てないのではないかと思える程、強く抱き締められて、もしかしたら、と考えていた思考を読まれているのではないかと少しだけ後ろめたい気持ちが過ぎる。しかし、長谷部は直ぐに目を瞑ってしまって、私が何をしていたのかを追及するような真似はしなかった。これが一体なんなのか。聞きたかったが、これ以上、変に長谷部を刺激するのは得策ではないだろう。無理矢理目を閉じていれば、少しずつ熱を取り戻す体がぽかぽかと眠気を誘う。がやがやと賑やかな声はいつまでも止む事はなく、私が眠って意識を手放した後、どうなったのかは分からなかった。

***

夜も更けた頃、盛大にお昼寝をしてしまったせいで眠れなかった私は厠に行ったついでに居間のような場所で温かい飲み物でも飲もうと縁側を歩いていた。四季はあるのか、木々の葉が枯れ、風が冷たくなった事もあり、冷える体を撫でながら歩く。すると、いつかの時と同じように、賑やかな声と砂利道を踏みしめる音が聞こえる。その音は少しずつ近付いてきて、私は思わず外に飛び出していた。ただの好奇心。長谷部を置いてどこかにとか、まだ未練があるとか、そういう事は一切考えていない。本当に、ただ、この喧噪の正体が何なのか知りたい。それだけだ。肌を刺すような寒さも、裸足で駆けるせいで小石が足裏に刺さるのも、気にせず門の側へと走る。久しぶりに走ったから、ほんの少しの距離なのに息が上がってしまう。呼吸を繰り返す度に白い息が漏れて、外の寒さを物語る。周囲は煌々と照らされ、喧騒が門を隔てたすぐ側で聞こえる。少し視線を外せば、祭りの時に見掛ける大鳥毛や赤熊、白熊などの先端が見える。それを見ては、いても経ってもいられず、まるで子供みたいに胸を高鳴らせながら、門を少しだけ開けてた。



「っ!」



門の前を通り過ぎる喧騒。そこには、人間の体に猫の顔がついているような者や異様に首の長い者、一本足に下駄を履き、番傘に一つ目のついている者など、多くの異形の者ががやがやと話しながら通り過ぎていく。今更、驚く事もないかと思っていたが、流石にこれは驚いた。所謂、百鬼夜行と呼ばれるものだろうか。ゆっくりと、あるいは颯爽と通り過ぎて行く異形の者に目を奪われていれば、歪なお面を顔につけた格好は人間と変わらない者が、体は正面を向いたまま、顔だけを90度曲げてこちらへと向けた。壊れた玩具のような、ぎこちない動作で一人だけ列を抜けてこちらへと歩む姿に恐怖心が煽られ、目を逸らして門に体を隠した。少ししか開けていなかったのに、バレたのか。声を押し殺すように口に両手を抑えていれば、耳元で妙な声が聞こえる。



「愚かな人間だ。付喪神に憑かれた愚かな人間だ。現世に戻りたいのなら行列に参加するといい。あの世とこの世を行き来する行列に参加するといい。」



は、と振り返れば、あれだけ遅かった歩みで、いつ側に来たのだろうか。私が先程、百鬼夜行を覗いていた門の隙間から、お面がこちらを見ていた。ひ、と小さな悲鳴と共に私は門から離れる。しかし、門からこちらを見詰める存在は同じ言葉を延々と繰り返している。愚かな人間、行列に参加しろ。最終的には、行列に参加しろ、とだけを連呼するようになった。がたがたと歪なお面が揺れて、ひび割れた部分からは黒い肌のようなものが見える。驚いてなのか、恐怖からか、自分でも分からないが、尻もちをついて動けずにいる私に痺れを切らしたのか、門の隙間から黒い腕のようなものが伸びてくる。ぐにゃぐにゃと好き勝手に曲がるそれに、掴まってはいけないと本能が警告する。しかしながら、慌てて後ずさろうにも、行動するのが遅過ぎた。黒い腕のようなものは目の前に迫っている。どうする事も出来ず、ぎゅ、と固く目を瞑った。



「どこから入った。雑魚が。」



聞き慣れた声に顔を上げると、刀を突き立てた長谷部がそこにいた。よく見れば、目の前まで伸びていた腕はすぐ側に落ちている。素早く刀身を引き抜き、今一度振り下ろせば、うるさかった声がようやく止んだ。長谷部が刀を鞘に納めると、慌てたように私の側にしゃがみ込む。



「主、お怪我はありませんか?何かされてはいませんか?」
「……へ、平気。」
「それは、良かった。」



心底、安堵したという表情を見せた長谷部が不意に私の体を持ち上げた。そのまま背中を優しく撫でながらおぶって、屋敷へと戻る。恐怖心から忙しなく動く心臓が、少しずつ正常に戻っていく。



「見てはいけないと言ったでしょう。あいつらは見境がない。貴方を同類にする為ならどんな卑怯な手も姑息な手も使います。ですが、ここにいれば安全です。絶対に。」




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