子供みたいに笑ってよ



→幼女審神者
→審神者事情や日本号の審神者に対する呼称の捏造


俺の主はとことん無表情だった。何に対しても無関心で、笑いもしなければ怒りもしない。左文字のとこの末っ子でさえ、控え目に笑ったり、怒ったりするもんだが、主にはそれすらなかった。聞いた話では、相当厳しく育てられたとかで、躾られるうち、自分を庇う本能的な最終手段として、感情を殺すようになったという事だった。人間てぇのは中々生きづらい。酒を煽りながら、隣を歩く主を見下ろした。部屋にこもりがちな主を散歩に連れて行けと蜻蛉切に言われたのが、数分前。蜻蛉切が連れて行けばいいものの、どうやらあいつは馬当番らしい。それと代わるくらいなら、可愛げの無い主と散歩に行く方が幾分もましだ。子供らしい小さな歩幅で歩く主に気を遣いながら、川沿いを歩いて万屋や甘味処が集中している町を目指した。分かっていた事ではあるが、笑わないし、喋りもしない。静かな雰囲気が嫌いな訳ではないが、顕現されたばかりの俺は、主の事をあまりに知らない。これから仕える身として、それはあまり好ましい事ではない。人間として顕現された以上、主がどんな人間なのか、俺達にも見定める必要はある。自然と主を見下ろす目が、じっとり睨み付けるものに変わる。主は俺の事など意に介さず、歩きながら川を眺めていた。



「……。」
「?」



ふと、主の歩みが遅くなり、来た道を惜しむかのように少しだけ振り返る。つられて同じように振り返るが、誰もいないし何もない。付喪神である自分に霊的な存在が見えない訳でもあるまいし、主は何を見ているのだろうか。興味がなくなったのか、それとも俺に気を遣っているからなのか、早々に歩き出そうとした主の肩を掴んで引き止める。俺を見上げて何だ、とでも言いたげな視線を寄越すが、その視線を無視して持っていた徳利が地面につかないよう持ち直し、主の視線に合わせる様にしゃがみ込んでみた。



「……へぇ。あの花がお気に入りってか?」



低くなった視界は今まで見えていなかった物が幾つも見える。その中でも一際目を引いたのが、地面から咲いている一輪の花だ。生憎、俺は歌仙のように雅だ風流だといった事には詳しくない。主の目を引いたであろうその花の名前も分かりはしないが、どうって事ない、どこにでも咲いている花のように見える。これのどこがそんなに気に入ったのか。まぁ、短刀達も時々訳の分からない物に興味を持ったりするし、子供ってのは、そういう生き物なのかもしれない。ちらりと横にいる主を見遣ると、相変わらず無表情ではあるが、じ、と花を見詰めている。売り物でもあるまいに、持ち帰りたければ摘んでしまえばいい。



「あれ、欲しいのか?」



隣に立っている主に問い掛ければ、少し間が空いた後、首を横に振る。少し間が空くという事は、きっと欲しいんだろう。五虎退や前田は、欲しい物があっても今の主と似たような反応をして遠慮をする。これが珍しい物であれば別かもしれないが、似たような花ならいくらでも咲いている。誰が摘んでしまったところで、気に掛ける者はいないだろう。主が摘んでしまわないならば、俺が代わりに摘んでやろうか。ゆっくり立ち上がれば、主が俺の服を掴む。



「いらない。見てるだけでいいの。」



俺が次に何をしようとしているのか、分かったのかもしれない。俺を見上げる主の表情は、どことなく必死そうに見える。案外、こうしてしっかりと主を見ていれば、そこそこ表情が表に出ているように思えた。花から俺を遠ざけるかのようにそそくさと俺の手を引く主につられるがまま、再び街へと歩を進める。



「良かったのか?」
「うん。がんばって咲いてたから、それだけでいい。」



野に咲く花だ。頑張るも何も、そこが自分の育成に丁度いいから咲いただけだろう。しかし、主にはそれが特別なように思えたらしい。もしかしたら、厳しく躾けられた自分と、厳しい環境で育っている花に共感を覚えたのかもしれない。主には審神者の才能があるらしく、こうして幼いながらに俺達の主をしているが、才能があるからというのも考えものだ。ひょい、と主を抱き上げてやると、突然の事に驚いているのか、目があちこちとせわしなく動いている。



「もっと好きなようにしたらいい。笑ったり、怒ったり、泣いたり。それが子供の仕事ってもんだ。」
「……さにわだもん。」
「今は戦の事なんて考えちゃいねぇだろ。そういう時は、子供だ。」



少しずつ、表情が崩れて行く。隠すように肩口に顔を埋めると、嗚咽に交じって小さく肯定する声が聞こえた。




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