食べちゃ駄目って言ったのに



「今日は駄目だよ。」



15時ともなれば仕事に疲れて、少し休憩もしたくなる。凝り固まった体を解すように背伸びをして、いそいそと台所へと向かった。審神者になって良かった事の一つに、毎日おやつが食べれる事だと結構本気で思っている。厨に立つ燕尾服の後ろ姿に、意気揚々と声を掛ければ、眉間に皺を寄せて顔をぷい、と逸らされた。唖然とする私を余所に、彼は日々募らせていた愚痴をつらつらと語る。



「昨日も一昨日も、仕事すっぽかして寝ていたじゃないか。そんなんだから夜更かしはするし朝は起きれないんだよ。昼間にはちゃんと仕事をして、夜に寝る。そういう生活習慣が人間の体は大事なんだろう?おやつを食べて満足したからってこたつで寝るのはどうなんだい。だいたい、おやつを食べると君、夕餉をあまり食べないじゃないか。栄養面を考えているんだから、しっかり食べてもらわないと困るよ。」



まるで母親だ。寧ろ、母親にだってこんな口うるさく言われた事はない。そもそも、私だって寝たくて寝てるんじゃない。枯れ葉が落ち、寒さが増す今日この頃、こたつの温かさについつい甘えてしまう。そこに、お菓子とお茶など飲んでしまえば体はぽかぽか。元より、昼食を食べ終えて眠気の頂点である14時を乗り切った体に、これ以上抵抗する余地などない。不可抗力である。しかし、ここで変に口を挟んでは余計に怒られてしまう。体を縮こまらせて罰の悪そうな表情をしていれば、こちらへと向かって来る足音に光忠の声も止まる。ちらりと振り返れば、長谷部が不思議そうな表情で私と光忠を見詰めた。



「何をしているんですか?このような場所で。」
「少しお説教だよ。兎も角。今日はなしだからね。」



私が答えるよりも早く、光忠が答える。ピシャリと放たれた言葉に慈悲は一切ないようだ。背を向けてしまった光忠に、しょげながら部屋に戻ろうと歩を進めれば、長谷部が後ろを着いて来る。心配そうな声で主、と呼ばれてしまえば話さない訳にもいかない。少し情けなく思いながら事の顛末を話せば、ああ、とどこか納得したような顔をしていた。そんなに毎日毎日寝ていただろうか。あまり気にしていなかったが、光忠の言う通り、今は少しだけ我慢して生活を改めるべきかもしれない。それでも、一日の楽しみを取り上げられたとあれば悲しい気持ちになる事くらいは許して欲しい。部屋に着いて溜め息の一つでも零したい。



「主、主。」



部屋に入る直前、長谷部が私の肩を叩く。一歩後ろを歩く姿はまるで昔の古き良き大和撫子のようだ。振り返ると、長谷部は片手を持ち上げる。怒られていて気付かなかったが、その手には大きめの紙袋がぶら下げられていた。なんだろう。不思議に思いながら長谷部を見上げると、悪戯っ子のように目を細めて笑う。



「カステラです。光忠には内緒ですよ。」

***

臣下が主に説教をするなんて。普段の長谷部君なら、すぐにでも怒りそうな態度を取ったと思っていた。だから、本当はもう少し言いたい事もあったけど、主へのお説教も程々にして止める事にしたんだ。でも、長谷部君は怒るどころか、心配そうな表情をして主の後を着いて行く。僕の主に対する態度なんて気にしている場合ではない。そんな感じだ。だからこそ、普段とは違う態度に少し違和感を覚えて、けれど、僕も暇ではないから掃除や夕餉の支度をしていたんだけど。



「全く……。だから、駄目だって言ったのに。」



仲良くこたつで寝転んでいる姿を見ると、怒る気力がなくなるのだから困ったものだ。




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