「こんにちは、風魔さん。官兵衛さんに御用ですか?」


薄暗い穴倉の中、せっせと作業をこなす名前の前に、突如黒い煙があがる。反射的に顔を上げると目の前で腕を組んだ男の姿。何度か目にしたことのある人物で、知り合いと分かるや否や、頬を緩めた名前が挨拶と共に先を促した。無口な北条の忍、風魔小太郎は名前の言葉に一つ頷く。名前はそれを確認してから作業していた手を止めて、用があるという官兵衛の元まで風魔を連れて歩き出した。



「いつも大変ですねぇ。官兵衛さーん、お客さんですよ。」
「ん?おぉ、風切羽か。北条のじいさんからか?」



風魔は再び一つ頷くと、官兵衛に向けて文を一枚手渡した。官兵衛はそれを手枷のついた不自由な手で器用に受け取りながら文を開く。その間、黙って二人の様子を眺めていた名前だが、内心では官兵衛が顔を上げるのを今か今かと待ちに待っていた。風魔がどうのようにして、この穴倉に来ているのかは誰にも分からないが、何時だったか、官兵衛が文の返事を書いている間、風魔の気紛れで名前は外に連れて行かれたことがあった。それからというもの、風魔が来る度に外に出ては息抜きをして帰って来ることが日課になっているのである。



「そうさな、返事を書くからちょいと待っててもらえるか?」
「じゃ、じゃあ、その間また外に行ってもいいですか?」



待っていましたと言わんばかりに名前が声を上げる。きらきらと期待に満ちた目に官兵衛はやれやれと苦笑いを零した。なぜ、あの時風魔が気紛れに名前を外に連れ出したのか。その意図は本人のみぞ知るところで、周囲の人間は分かりもしないが、あれ以来名前と共に外に出ることは少なからず風魔も気に入っているようで。名前の言葉と共に、早く肯定しろと、じとり、見えない筈の目に見詰められている気がすると官兵衛は思っていた。



「おうおう、行ってこい。風切羽、名前を宜しくな。」
「やったー!じゃあ今日はお団子屋さんに行きましょう!」



嬉しそうにはしゃぐ名前は最早官兵衛には目も呉れず、風魔の服を掴んで早く早くと子供のようにせがんでいる。風魔も風魔で何を言うでもなく名前の言葉に頷いている。官兵衛はそんな名前の様子に、何て現金で強かな奴なんだ、と思っていたが



「官兵衛さんにもお土産買って来ますね。」



小生の部下は何ていい子なんだ、と素早く考えを改めるあたり大概似た者同士である。

***

「さて!早速行きましょう!」



穴倉を出る瞬間はいつもよく分からないと名前は思っていた。体の両脇に風魔の腕が伸び、幾つか瞬きを繰り返すともう外に出ている。その衝撃に驚いて悲鳴を上げたのは記憶に新しい。穴倉の暗さから久しぶりに日の下に出た名前は、その目を慣らす為に暫くぼうっと周りを見回したが、何度か目を擦って元気に声を張り上げた。名前の横でその様子をじっと見つめていた風魔は歩き出そうとする名前を足止めすると、目の前で屈んだ。



「どうしたんですか?大丈夫ですよ、私一人でも歩けますよ。」



風魔の行動を不思議に思いながら、暫くぼうっとしていたことが、もしかしたら具合が悪いと勘違いされたのかもしれない。だから、まるでおんぶでもするような態勢で自分の前に屈んでいるのだろうと、名前はそう思っていた。しかし、風魔は左右に首を振り、早くしろと言わんばかりにこちらを見上げている。今日の目的地である団子屋までは少し遠い。自分が担いで行った方が早く、何よりも官兵衛にはあまり人目につかないようにしろと釘を刺されている。口に出さない為に、風魔の意図と気遣いはこれっぽっちも伝わってはいないが、困惑したまま名前は風魔の肩に手を乗せ、体を預ける。



「よく分かりませんが、お願いします。」



首に腕を回してしっかりと掴まる。申し訳なさそうに苦笑いしてはいるが、あの伝説の忍である。運んでもらうとなれば、穴倉にあるトロッコ以上に面白いかもしれない。そんな風に内心わくわくしていた名前だが、それが伝わったのか、風魔は首を左右に振りながら、名前の唇に人差し指を押し付けた?



「ん?」



今一度首を左右に振り、指を離す。振り返るようにして名前を見ていた風魔に、名前は首を傾げていたが、ある仮定が頭を過る。



「喋っちゃ駄目なんですか?」



問い掛ければ、風魔はこくりと頷く。おお、なるほど、と風魔の考えを読めたことに自分自身関心した。そうして、ようやく出発することになった訳だが、とても人一人を抱えて走っている(浮遊時間長くて浮いているように感じる)ようには思えない。つまるところ滅茶苦茶早かったのである。確かに喋れない。舌噛みそう。穴倉のトロッコと同列にしてしまって申し訳ない。いろいろと思うところはあったのだが、何一つとして言葉にはならなず、自然と零れそうになる悲鳴を必死に抑えながら、名前は風魔にしがみついていたのである。

***

「風魔さんは今日も食べないんですか?」



風魔の目論見通り、早々に目的地である団子屋に着いた。あまりの移動速度に若干顔色を悪くしていた名前だったが、店の中に入ってしまえば何事もなかったかのように壁に書かれている品書きに目を通している。品書きから目は離さないまま、名前が問えば、風魔は頷くだけ。それを、ちらりと横目で確認した名前は店主に注文をしてから適当な座敷に座り込んだ。



「折角だから食べたらいいのに。美味しいですよ。あ、甘いの嫌いとか?」



注文の品が来るまで手持無沙汰になった名前は、目の前に腰を下ろした風魔に何気なく声を掛ける。自分は頷くか首を左右に振るかだけなのに、よく喋る。変なところに関心しながら風魔は首を振る。そうすれば心底不思議そうに首を傾げる名前の姿。なら食べれば良いのに。そう言いたげな表情だ。その後も、ああだこうだと他愛ない話を続けていれば、注文していた団子が届き一時中断。目をきらきらさせて嬉しそうに頬張るその表情に、僅かながら風魔の表情も緩む。



「折角なので、どうぞ!」



すると、突然名前が目の前に団子を突き出してくる。一瞬この串で攻撃でもしてくるつもりなのかと勘違いした風魔は思わず体を命一杯逸らしたが、名前はそんな風魔の行動を、これまた不思議そうに眺めていた。団子は突き出したまま。



「折角来たのに食べないなんて勿体無いです。一口どうぞ。」



名前の意図を掴んだ風魔が体を元の位置に戻したが、食べる気配はない。風魔としては名前の食べている物を貰ってもいいものかどうか悩んでいるのだが、名前にその意図は伝わっていない。名前としては甘味どころか下手したらご飯まで食べなそうな伝説の忍の食事風景を見てみたいという好奇心から意地でも食べてもらおうと団子を突き出している。暫く、そんな二人のシュールな光景を目の辺りに出来たが、今回は風魔が折れた。名前の腕を掴んで少し前に出させると、串に刺さっていた団子を一つ口に含む。



「(あ、食べた)」



突然の行動に驚きはしたものの、それ以上に食べたことに謎の感動を覚えた名前は、もぐもぐと咀嚼している風魔の様子をじっと眺めていた。その視線に耐え切れずにそっぽを向いてしまった風魔に、ようやく我に返った名前が苦笑いを零す。物珍しくてつい見入ってしまった。誤魔化すように残りの団子を食べ、官兵衛にお土産として幾つか団子を包んでもらって店を出る。こうして見ると、伝説の忍も普通の人間なんだなぁ、なんて思いながら再び背に乗せようとする風魔に今度は全力で拒否する名前の姿があった。
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