「殿!ご無事ですか!?」
「無事なものか!もっと早く来い。愚図め。」
「十分元気じゃないですか!」
「その石に見合っただけの武働きをしろと言っているのだよ。」



直ぐに戻れ、なんて殿の部下から伝令を伝えられて何かあったのでは、なんて危惧したがなんてことはなかった。多少鎧や着ている布が破れているがその程度。目立った怪我もない。ほっと胸をなで下ろしたのも束の間で、目を吊り上げて睨み付けられ、見事にお小言をくらってしまった。殿自身はあまり腕っ節の強い方ではない。だからこそ、私や左近殿のような軍師が必要なのだが、どうにも殿は私の事を体の良い下僕のように思っているところがある。今の言葉にしろ、態度にしろ、左近殿と大違い。まぁ、今ではそれにも慣れてしまったのだけれど。確かに不満といえば不満だが、こんな横暴な殿でも嫌いになれないのである。



「それで?急に戻れだなんて、作戦に何か変更でもあったんですか?」
「ああ。思った以上に事が上手く運んだ。表は左近に任せ、名前は俺の傍らで待機せよ。」
「え?でも、それなら私も左近殿に加勢に行きますよ。その方が早く終わるんじゃ……?」
「俺の作戦に問題があるとでも?」



再び向けられた鋭い視線に、最早私は黙るしかない。左近殿ばかりを表に立たせて、私を待機させるなんて、殿には何か考えでもあるのだろうか。頭を捻れど、私には答えなど見い出せそうもない。それを口にすれば、馬鹿だの何だのと罵倒されるのは目に見えているので余計な事は言わない事にした。



「承知しました。お側でお守り致します。」
「……ふん、それでいい。」



どこか不満そうではあったが、腕を組み次々と伝えられる戦況はその不満もあっという間にかき消してしまうものばかり。確かに、これなら私が手伝わずとも早々に終わるだろう。暇を持て余した私はてきぱきと指示を出す殿を眺めながら、少しは素直になって欲しいものだ、なんて思っていた。

***

「どうして殿はもっと素直になってくれないのでしょうか。」
「なんです?薮から棒に。」
「いえ、この前の戦なんですがね。」



先の戦は見事に勝利を収め、暫くぶりにゆったりとした日々を送っていた私は、ちょうど出会した左近殿を連れてお茶を飲んでいた。戦が終わったばかりで政務は立て込んでいるが、それらは見て見ぬ振りをして、溜め息をつきながら、この前の戦で言われたお小言を左近殿に伝えた。一通り黙って聞いていた左近殿であったが、話が終わるや、にんまりと笑顔を作る。今のどこに笑える要素があったのだろうか。そもそも笑い話を提供したつもりはないのだが。不思議に思いながら、お茶請けに持って来たお饅頭を一口食べる。



「いやぁ、名前さんと殿が仲良くしているようで安心しましたよ。」
「左近殿、私の話聞いてました?」
「勿論、聞いていましたよ。何時になく真剣にね。まぁ、殿の言葉も態度も分かりづらいですから、誤解するのも無理はない。」
「……そういうものですか?」
「ええ、そういうものです。」



愛情の裏返しとでも言いたいのだろうか。諭されるように言いくるめられた気がしないでもない。目の前に広がる景色にぼんやりも目を向けながら、今度はお茶を飲み込んだ。



「殿は腕っ節じゃあ名前さんに負けるかもしれないですが、それでも男として出来る限り貴方を守ってやりたかったんだと思いますよ。」



ごくりとお茶を飲み干して、左近殿の言葉を反復するが、どうにも俄には信じ難い。というより、日本語が上手く理解出来ていない。ぐるぐると同じ言葉が頭の中を巡り、ついには体温が上がるのを感じた。妙な自惚れをさせないで欲しい。きっと、真意はそういう事じゃない。頭を抱える私を、左近殿は面白そうに見詰めて笑う。



「私が殿を守る側ですよね?」
「そうですねぇ。」
「何で殿が私を守りたいんですか?」
「それは、殿ご本人から聞いて頂かないと。ねぇ?男らしく、甲斐性を見せてくださいよ。」



左近殿の目線を追うと、私の後ろ、ちょうど廊下の曲がり角で死角になっている場所に人影が蠢いている。話の流れからして殿だろうが、こそこそ隠れて盗み聞きとは珍しい。普段ならば喋ってないで働けやら何やら怒るだけで、話を聞くなどと時間を取る行為はしないというのに。だが、それならそれで大いに結構。ここで真意を確かめて、この妙な自惚れを自惚れであると自覚しなければ。死角から姿を表した殿に私は変に熱の集まった間抜け面で真意を確かめるのだった。



(殿、あれは、どういう……?)
(い、意味などない!)
(殿。今素直にならないで何時素直になるんです?)
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