名前を屋敷に閉じ込めた。窓はなく、扉は一つ。明かりは蝋燭のみ、飲み水はある程度入れた筒に渡した。私がいない間、時間を持て余すだろうと書も与えた。夜になれば、食事を運び、それが終われば湯浴み用に湯と布を運んでやる。閉じ込める迄は、一部屋で全てを済ませる等という事は無理難題に思えたが、やってしまえば、どうという事はない。案外、どうとでもなるものだった。名前は日に日に白くはなるが、一日中、暗く陽の当たらない部屋にいるせいだろう。
私は臆病者だった。何もかも奪われ、何もかも手に入らないと悟っていた筈が、名前だけは誰にも渡したくないと思っていた。どのような時であれ、私の側に居た名前だけが、私にとっては救いであり、拠り所だった。その思いは日に日に膨れ上がり、奪われたくない、渡したくないという思いだけが、ひたすらに私を襲った。そして、何よりも私は恐れた。私から何もかもを取り上げる世の中が、私から名前を取り上げてしまうのではないかと。私の元から引き離す等、権力や謀略、政略結婚、当て付け等々、容易に可能な事だ。尚且つ、何時如何なる時に権力者が名前を見初めるか分からない。私より権力のある者には、私では太刀打ちが出来ない。しかし、そんな理由を除いてしまえば、私の言い分等はただただ我が儘を連ねる子供のようでしかない。それでも、名前は側に居てくれる。名前は私の事を受け入れてくれている。それが私の望みならば、私の為になるのなら、と。どんな我が儘を言おうと、こうして何もない部屋に居ても、文句を言う事等ない。いや、正確には一つだけ。



「勝家様と一緒に戦場に行きたいです。側で貴方を守りたい。」



その身を賭して守る程、私は価値のある存在だろうか。私には、とてもそうは思えない。私は知っている。私が死ねば、ひっそりと生きている名前も死ぬ事を。全ての世話を私がしている。食事も飲み水も、何も運ばれなくなり、蝋の明かりは消え、やがて、誰にも気付かれずにひっそりとその生涯を終える事になるだろう。名前もそれは知っている。気が触れたと疑われても仕方のない私の行動を、我が儘という言葉だけで片付けて、それでも名前は側にいる。もしかしたら、私は再び過ちを犯しているのかもしれない。分からない。そもそも、正解が何か分からないのだ。今この行為がひどく愚かしい事だったとしても、私にはそれが過っていると知る術がない。ならば、そう難しく考える必要等ないだろう。考えても、所詮は分からない事なのだから。そうして、すっかり考える事を止めてしまった私は譫言のように、いいや、まるで呪詛のように同じ言葉を繰り返す。



「私と共に在ってくれ。これから先、未来永劫、どんな事があろうと。」



縋る私を抱き締める名前が笑わなくなったのは何時からだったろうか。


***

名前はよく笑う女子だ。しかし、その笑顔は私にだけ向けられるものではない。誰にでも、分け隔てなく与えられるもので、だからこそ、私は時に不安になる。何時かは、私の元から去ってしまうのではないかと。私を捨てて、誰か私よりも名前を幸せに出来る者の元へと行ってしまうのではないかと。本来であれば、好いた者が幸せになるのだから、喜ぶべき事なのかもしれない。しかし、私にはそんな簡単な事すら出来やしない。それどころか、私の元を去った名前の幸せ等、祝える気にも喜んでやれる気にもならない。時折、閉じ込めてしまいたいと思う。どこか、誰にも見付からない所に、ひっそりと。だが、何時も思うのだ。それでは名前が笑ってくれない。何故そう思うのかは分からないが、妙な既視感と共にそう思う。そうして、現実的に無理なのだと我に返る。おかしな事だ。



「勝家、ずっと側にいてね。私もずっと側にいるよ。」



妙に安心するその言葉と、胸の奥で何かが燻っているような言葉に私は何時も頭を悩ませるのだ。



―――
夢主は記憶持って生まれたけど、勝家は記憶なしで生まれた。
ずっと一緒にいろって言いながら自分はすっかり忘れちゃう勝家。
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