→妖怪パロ



ちゅ、ちゅ、ちゅ




「ちょ、っと!」



ちゅ、ちゅ、ちゅ



「家康っ!」



ちゅ、ちゅ、ちゅ



「ええい!鬱陶しい!」
「あいたっ!」



後ろから羽交い締めでもするかのように抱き込まれ、髪、首筋、うなじ、耳と、順番に口付けをしていき、また振り出しに戻る。何度も何度も、わざとらしく音を立てて口付けられ、我慢の限界に達した私は家康を張り倒した。不意をつかれたせいか、あっさりと離れた家康から少しばかり距離をとって立ち上がる。
おかしな狸に懐かれた。狸といっても、人間のような形をした尻尾と耳の生えている妖怪らしい。弱っていたところを、偶然通りかかった私が介抱してやったら懐かれたのだ。迷惑だとか嫌だとか、そんな事はないのだけれど、如何せん愛情表現が直接的過ぎる。もしかしたら、妖の世では普通なのかもしれないが、ここは妖の世ではないし、私も妖ではなく人間だ。そんな欧米人のような習慣はない。毎日毎日、飽きもせずやって来ては、こうして至る所に口付けて抱き締めて帰って行く。なんなんだ、この狸。



「酷いぞ、名前。」
「あのね、妖怪には分からないかもしれないけど、私は今勉強してるの。忙しいの。邪魔しないで。」
「勉強か!それは関心だな!どれ、ワシが褒めてやる!」



人の話を聞いているのかいないのか、両腕をこれでもかと広げ、にこにこと笑顔の家康に飽きれて私は机に向き直る。この際無視するしかない。幸いにも、課題はもう少しで終わりそうなレポートのみ。早く片付けて寝てしまおう。カタカタとキーボードを打ち始めたところで、家康が後ろからひょっこり顔を覗かせる。



「それはそんなに楽しいのか?」
「楽しくないよ。でも、やらないと駄目なの。」
「最近の日ノ本は大変だなぁ。」
「ちょっと、さり気なく抱き着かないでよ。」



性懲りもなく後ろから抱き締める家康に注意をするも意味をなさなかった。それどころか、無駄に強い力でぎゅうぎゅう抱き込まれ、更にはもふもふした尻尾で足を擽ったりしてくるものだから堪ったもんじゃない。擽ったいような、気持ちいいような、もっと触りたいような、そんな気持ちにさせられるが、今は我慢だ。もう少し、もう少しでレポートが終わる。それに、今ここでレポートを放り投げたら、家康の掌で踊らされてるみたいで腹立つから意地でもやめてやらん。



「何時もはワシが嫌がっても触り続けるのに、今日はいいのか?」
「うん。」
「今なら枕にしても良いぞ?」
「うん。」
「ワシの事は好きか?」
「うん。………………ん?」




なんだ、今の質問。あまり聞いてはいなかったが明らかにおかしい質問だったぞ。思わず手を止めて家康を見遣ると、彼はにこにこと、それはもう嬉しそうに笑っている。ちらりと見えた家康の尻尾がパタパタと忙しなく動いていた。



「ワシも好きだぞ!ならば問題はないな!」



勢い良く押し倒されたかと思った次の瞬間には顔中至る所に口付けを落とされて身動きが取れない。額、瞼、目尻、頬、鼻先、好き勝手に口付けをする家康に、飼い犬に牙を向かれるとはこのことか、とどこか冷静に考えている自分がいた。あいにく、家康は飼っている訳でも犬でもないのだが。



「なぁ、名前。言ってくれないか?お前の口から聞きたいんだ。」



ぴたりと口付けが止んだかと思うとこれだ。なんて我が儘な妖怪だろう。いや、妖怪は人間から見れば我が儘な存在の方が多いかもしれない。これまた厄介な我が儘を言ってくれたものだ。お陰で最早レポートどころではなくなってしまった。口篭る私に、消えそうな声で名前を呼ばれてしまえば、簡単に落とされてしまうのだから憎たらしい。



───
絆(意味深)に既に絆されている。
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