「名前、中間の数学の点数を言え。」



隣の席の石田君はテストが返されると必ず私にその点数を聞いてくる。私が頭が良くて張り合いたい訳ではない。私の点数は、良くも悪くもない、成績で言う3とかがつく点数で、だからこそ、石田君が何故私に点数を聞いてくるのか疑問ではあった。だが、答えない理由もない。普通だったら反応に困る点数を晒す事になるが、石田君のこれは毎度のことなので、お互いに反応がどうとかはなくなった。良くも悪くもない答案用紙を眺めながら私は少し自信を持って石田君の前に差し出した。



「今回は頑張ったんだ!見て!80点だよ!」



私は数学が苦手だ。これは小学校の頃から変わっていない。算数が苦手で、中学に入り数学になったらもっと嫌になって、高校では最早嫌いを前提にして授業を受けている。しかし、好きだろうと嫌いだろうとテストというものは平等に存在していて、受けなければならない運命にある。嫌いだから点数が低くて良い、なんて考えは毛頭なく、私はそこそこ頑張ってお勉強を試みるタイプなのだ。そして、今回はそれが見事実になった。数学の苦手な私からしてみれば80点という数字は中々の快挙である。にこにこ、笑顔を隠さずにいれば、石田君はむんずと答案用紙を取り上げた。



「何故だ!貴様数学が苦手なのではないのか!」
「え?に、苦手だよ。出来る事ならしたくないし……。」
「ならば何故80点などとる!?赤点をとれ!」
「理不尽!」



点数が高ければ高いだけ、褒められるものだと思っていた。まさか、逆に赤点をとれ、などと言われる日がこようとは。石田君は私の答案用紙と睨めっこしながら、それを持つ手で紙をくしゃくしゃにしてしまっている。や、やめろ!私の大事な答案が!しかし、とてつもなく怒っている石田君相手に尻込みをしてしまって喉元まで出掛かった言葉を噤んだ。だからといって、私には怒られる理由がない。あわあわしながら、結局は答案用紙を取り返す事に成功した。何時もより綺麗に折り目をつけてファイルに入れていた筈の答案用紙は、すっかりくしゃくしゃになってしまっていた。



「酷い……。石田君の馬鹿。折角頑張ったのに……。」
「なん、だと……?」
「折角良い点とったのに、どうして怒るの?」



別に誰かに褒められたいから勉強をしている訳ではない。良い点をとって、自分にとって最終的に有利になるには必要な過程であって、努力が実ったのだからそれでいい。それなのに、何故怒られなければならない。努力が水の泡、とまでは言わないが、今後のやる気を削ぐには中々の効果をもたらしてくれた。しょんぼりと、くしゃくしゃになった解答用紙を指で広げながら伸ばす。石田君は黙ったまま何も言わない。



「……怒ってなどいない。」
「嘘つき。怒鳴ったくせに。」
「あれは名前が…っ!」
「私が良い点とったのがそんなに気に入らない?」



そんなに頭も良くないし数学の出来る石田君と違って私は何時もずっとずーっと悪い点数をとってるのに。張り合いたいなら他をあたって欲しい。私は勝手に頑張るから放っておいてくれ。綺麗に伸ばしても残ってしまった皺に何だか悲しくなりながら、これ以上皺がつかないよう綺麗にファイルに入れる。もう知らない。石田君なんて知らない。



「名前!」
「知らない。もう放っておいて。」



分からないところは、何時も石田君に教えてもらっていた。石田君は答えだけじゃなくて、しっかりと理論も教えてくれるから、私からしてみると先生よりもずっと質問しやすいし分かりやすいと思っていた。隣の席が石田君で良かったと、ずっと思っていた。でも、もう知らない。数学だってもう自分一人でやるからいい。別に石田君に頼らなくたって解説と睨めっこするからいい。トイレにでも行って気分転換しようと私は席を立った。



「貴様が赤点をとらないと教えてやる口実が出来ないだろうっ!」



怒鳴りつけるような声に思わず振り返ると、顔を真っ赤にした石田君が私を睨み付けていた。やっぱり、これからも石田君に教えてもらおうと思う。
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