何時かくるとは思っていたが、案外早いな。目の前で腕を組んだ人物に私は息を飲んだ。この時の為に心の準備は幾度となくしてきた。しかし、いざ本人を目の前にすると緊張してしまって目を合わせることも出来ない。ぎゅ、と引き結んでいた唇を何とか開いて自然体を装うとするのだが、あ、だとか、う、だとか、言葉にならず、早々に失敗の兆しが見えた。やっとの思いで挨拶だけを済ませた頃には、すっかり緊張の糸に雁字搦めにされて地面を見詰めるのがやっとだった。



「…………。」
「…………。」



沈黙が痛い。喋らないという事は元より知っていた筈なのに、今この瞬間に気の利いた言葉でも掛けてもらえないだろうか、と思いを馳せた。そんな現実逃避の為に目の前の人物が喋る筈もなく、しかしながら、地面を見詰めていた視界に私以外の足が見えた。勿論、それは先程目の前にいた人物のもので、ある種、私を追い詰めている張本人でもある。お陰さまで私は一瞬呼吸をする事さえ忘れていたのだが、ぽんぽんと頭を撫でられたことで我に返った。咄嗟に顔を上げると、ぽんぽんと頭を撫でながら、まるで私に落ち着けとでも言いたげである。誰のせいでこうなったと思ってるんだ。若干恨みがましく思いながらも、私は今度こそ覚悟を決めて言葉を振り絞った。



「あ、あの!あの、えっと……!」
「…………。」
「その、ですね、あー……。」



喉元まででかかっているのに!もごもごと言葉を濁す私に風魔さんは不思議そうに首を傾げている。くそ!可愛い!あざとい!変に感情が昂ぶってきて、顔なんか目茶苦茶熱い。涼しげな目の前の風魔さんとは大違いだ。それが何だか悔しくて、もう、どうにでもなれ、なんてほとんど自暴自棄になって風魔さんを見た。



「こ、この前の、あの、あれは、どういう意味ですか!」



言えた!頑張った!私偉い!問題はここからだというのに、既に私の中で事は終わったかのように満足感で一杯だ。ともすれば睨み付けているとも思われるように鋭い視線を投げつつ、風魔さんに詰め寄れば、彼は一瞬考える素振りを見せてから顔を近付けてくるので私は慌てて後退りをした。人間は学習する生き物なのだ。この行動に別の意味が含まれているのかもしれないが、前科がある以上、この前の二の舞にならぬよう予防するのが当り前だろう。



「ちょちょ、待って!待ってください!そ、それの意味!意味が分からないんですって!」



先程よりも幾分か開いた風魔さんとの距離に、少しばかり安心する。喋らない風魔さんに、貴方の気持ちを教えてくれ、なんて酷な話かもしれない。しかし、真実は本人しか知らない。幾ら私が代弁したところで、それは私の言葉であって決して風魔さん自身の言葉ではないのだ。そもそも、風魔さんが喋らない分、態度で表現する事は分かっているのだが、それでは全てなど伝わりきる筈もない。言葉があっても伝わらない事なんて山ほどあるのだ。まるで、気のあるような態度をこのままとられていては、私が自惚れて勘違いをしてしまう。その気がないのであれば、どうかそんな態度をとらないで欲しい。気紛れなら、そうだと早く言って欲しい。私が自惚れた勘違い女になる前に。



「ん?」



暫くお互いに沈黙を貫いていたが、不意に風魔さんが私の腕を掴んで掌を上に向けるように開いてくる。何だ何だと、その様子に驚きつつも黙ってされるがままになっていれば、風魔さんの指先がゆっくりと掌に落とされて線を描いていく。す、す、と描かれるそれが、文字を書いているのだと気付いたのは直ぐの事で、たった二文字、わざわざ私が分かりやすいように、こちらに向けて書かれた文字は、散々悩んで悶々とした日々も変な言い訳も、何もかも全て吹っ飛んで行ってしまった。



『すき』



体温が上がり過ぎて熱でも出ているんじゃないかと思える程耳も顔も体も、どこもかしこも熱い。それでも消え入りそうな声を振り絞って「私も好きです」と言えば、意図も簡単に塞がれた唇にこれ以上上がらないと思っていた体温が上がって完全に茹で凧状態になってしまった。
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -