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ディエゴに苛立つ


→生存ルート



「なァ、何時まで拗ねてるつもりだ?こうして無事に帰ったんだから、もういいだろう?」



買い物を終えた私の後ろをちょろちょろ着いてくる男は、反省の色などなしに自分の罪を許せと言うのだから笑えない。無視して歩けば、尚も言い訳を並べながら後を着いてくる。そもそも、この男、ディエゴ・ブランドーは私がこれだけ怒っている理由をちゃんと理解しているのだろうか。つい先日まではイギリスで有名な競馬のジョッキーとしてちゃくちゃくと地位を積み上げていた彼が、何日か見掛けないと思ったら、あの危険な大陸横断レースに出場しているというではないか。幼い頃からずっと一緒だった私に一言も告げることなく。それからは心配で心配で、普段行かない様なコーヒーハウスに行って新聞を読んだり、小難しい議論を繰り広げるおじさん達の話に耳を傾けたり、ラジオから流れるレースのニュースや結果をハラハラしながら聞いたり。兎も角、大陸横断レースが開催されていた4ヶ月程は生きた心地がしなかったのだ。それを優勝して帰って来たから許せだとか、無事だったから良いだろ、とかそんな結果論を言われて許せるものか。どうせ外に出れば、レース優勝者としていろんな人に持て囃されるのだ。私くらい怒っていい筈だ。ディエゴを無視してずんずん歩く私に、とうとう痺れを切らしたのか思い切り腕を掴まれてしまった。



「何?」
「君こそ何をそんなに怒ってるんだよ?何も言わないでレースに参加したことか?」



不機嫌を隠しもせずに振り返れば、本当に久しぶりにディエゴの顔を見たような気がした。あんな過酷なレースだったからだろうか、少し、大人っぽくなった。そんな彼を見ると余計に苛立ちが募る。私は彼がこんな風に大人っぽくなった過程を知らない。一緒に成長してきて、これからもそうだと思っていたのに。帰ってからだって、彼はいろんな人に称賛の言葉を貰って、いろんな人に囲まれて、私はただ遠くでそれを見ただけ。もうディエゴにとって私はそこら辺の人間と同じなんだと思い知らされているようだった。きっとこれは嫉妬だ。幼い姉や兄が妹や弟に母親を取られたと錯覚するように、ディエゴを沢山の人間に取られてしまったように感じているのだ。そして、私の知らない彼が出来上っていることに嫉妬している。まぁ、こんなことを自覚したところで余計苛立ちが募るだけだ。手を振り払って思い切りディエゴを睨み付ける。



「勝手にレースに出たことも、囃し立てられてるのも、地位とか名誉を手に入れたことも、全部気に入らない。もうディエゴなんて知らない。どこにでも勝手に行けば。」



世界中が注目するレースで優勝して帰って来たのに、こんな酷いことを言う幼馴染を持って可哀想に。まるで他人事のように思った。言われた本人であるディエゴは私のことを見詰めながらきょとんとしている。珍しく間抜け面だ。そんなディエゴをおいて、そのまま家に帰ろうと歩を進めたが、慌てて彼が追い掛けてくるのが分かる。待てと言われているけれど、今更だ。



「名前!」
「うるさいな。騒がないでよ。」
「そう怒るなよ。まさか君があんなこと言うとは思わなかったんだ。」



ぐるり、と肩に腕を回して買い物してきた荷物を取られた。今更紳士ぶるつもりか。腹が立って肩に回した腕を乱暴に振り払う。荷物も取り返そうとしたが、このまま家まで着いてくるつもりなのか返してはくれなかった。なんだかいい様に丸め込まれているよ。イライラしている私とは正反対に隣を歩くディエゴはにやにや笑っていた。



「にやにやしないでよ。気持ち悪い。」
「これが笑わずにいられるか?つまり、君は俺に置いていかれて寂しかったんだろう?」
「自惚れも大概にした方が良いよ?」



あまりにも自信満々に言うものだから、苛立ちを通り越して呆れた。調子乗りやがって。家まであと少し。こんな奴の相手などしていられないと思って歩くスピードを上げたのに、逆に今まで私に合わせていたと言わんばかりに悠々と歩くから、そろそろ私の臨界点が突破しそうだ。ディエゴを睨むと、それでも彼は嬉しそうに目を細めてゆっくりとした動作で私の輪郭をなぞる様に触れた。



「自惚れなんかじゃあないだろう?俺は君が好きだし、君は俺が好きだ。何も間違っちゃあいない。そうだろ?」



甘ったるい台詞を、よくも軽々と吐けたものだ。鳥肌が立つ。そこら辺の女ならばこれで許したかもしれない。寧ろそのまま良い雰囲気になったかもしれない。しかし、こっちは小さい頃からこの顔を見てきているのだ。絆されるものか。わざとらしく顔をそむければ、ようやく不服そうな声をあげる。そう簡単にご機嫌取りをされてなるものか。



「そこら辺の女の子と同じご機嫌取りしようなんて思ってるなら、ディエゴの息子を一生使えないようにしてやる。」
「それで困るのは名前だろ?」
「潰す。」
「悪かった。」



思わず溜め息が漏れる。どうしてこの男はこうも素直に謝るということが出来ないのだろうか。まぁ、帰って早々不機嫌な顔を向ける私も大概なのだが。



「悪かったよ。何も言わないでレースに行って。」
「…………。」
「心配して絶対に止められるだろうと思ってたから言わなかったんだ。今後の為にどうしても地位や名誉は必要なことだ。名前だって知ってるだろ?だから、レースには絶対に出場する必要があったんだ。名前に止められたとなると、心残りでレースに集中出来ないからな。」
「……よく言うよ。」



レースに出る理由があるのだろうということは分かっているつもりだった。賞金も、地位も名誉も全てが手に入る。ディエゴが小さい頃から手に入れようと躍起になっていたもの全てが手に入るのだから、出ない訳がないと分かっていた。けれど、確かにディエゴが言う通り、レースに出ると言われたら私は全力で止めただろう。ディエゴの邪魔をするつもりはないが、死ぬかもしれないと言われたら誰だって心配だし引き止めるだろう。こうして無事に帰って来たことも奇跡なのではと思う。本当に、彼は悪運が強いな、なんて変に感心すらしてしまった。私はすっかり絆されてしまったようで、先程まで苛立っていたのは何だったのかと思わせる程に、彼への怒りが収まっていたた。



「お帰り、ディエゴ。」
「ああ、ただいま。」



自然と笑みが零れた。


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