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ギアッチョ


特別露出した服を着ていた訳ではない。特別可愛らしい容姿をしている訳でもない。なのに、お尻に感じる違和感は一体なんだというのか。人間でごった返す電車の中で一人、どうしたものかと焦っていた。イタリアという美人でスタイルもいいお姉さん揃いの中、どうして芋みたいな#name2#を選んだのか甚だ疑問だし、恐怖なのか何なのか、声が出せないことに驚きだ。狭い車内で身動きをとることも出来ず、だがしかしお尻に感じる違和感はなくならない。焦って混乱した頭では何の解決策も思い浮かばず、軽くパニックになったせいで、じんわりと涙が溜まっていく。



「おい、テメェ何してやがるッ!」



静かだった電車内に突然、怒鳴り声が響いた。声の主はすぐ近くにいる男の人で、青くてくるくるしたパーマの髪とお洒落な赤縁眼鏡が特徴的だった。彼はぎろりと#name2#を睨み付けたかと思うと、その腕をこちらに伸ばしてくる。なぜ怒られてるのかも分からないし、殴られると思った#name2#は咄嗟に目を瞑ってきたる痛みに耐える。



「テメェに言ってんだよ!あぁ!?無視してんじゃあねェぞッ!」
「ひいい!」



いつまで経っても痛みはこないし、すぐ後ろでは情けない男の人の声がする。そして、ざわざわとうるさくなる車内。そっと目を開けると、パーマの彼が#name2#の後ろにいる男の人の腕を捻りあげていた。すると、先程まであった筈のお尻の違和感がなくなった。つまりこれは、そういうことなのだろう。驚いてその光景を見ていれば、更に捲し立てるように彼は罵詈雑言を並べ、#name2#の耳元では捻りあげられている痴漢であろう男の人の腕がミシミシと嫌な音を立てていた。ちらりと後ろを見てみると、男の人の表情は青褪めていて、痛みに顔を歪めている。いい気味だと思う反面、少しばかり可哀想になった。同情なんて気持ちはないけれど、耳元で聞こえる骨の軋む音が今にも折れてしまいそうだったからだ。もしかして、このパーマの彼はこのまま骨を折る気なんだろうか。それは、ちょっと、というか、かなりやり過ぎではないだろうか。相変わらず暴言を吐き続ける彼に#name2#は控え目に声を掛けた。



「あ、あの……。もう、平気ですから…。」
「あぁ!?…お、おう。そうかよ。」



物凄い勢いでこちらを向き、睨み付けたかと思うと、#name2#の顔を見るなり彼は視線を逸らして急に大人しくなってしまった。先程までの威勢の良さは一体どこにいったんだと思わせる程に。お陰ですっかり静けさを取り戻した車内では無言のまま、#name2#達に視線が集まっている。あまりにも居た堪れないその視線に身を縮こまらせていたのだが、再び彼が怒鳴り声をあげて一括してくれたお陰で視線は散り、次の駅に着くまでじろじろと嫌な視線に晒されることはなかった。その後、彼は痴漢の腕を捻りあげたまま一緒に駅から降りてくれて、駅員さんに痴漢を突き出してくれた。更には、その後に待っている取り調べにまで同行してくれたのだから、感謝してもしきれない。



「最後まで同行して頂いて、本当にありがとうございました。」
「たいしたことじゃあねェ。気にすんな。」
「そんなことないです。怖かったし、声も出せなかったから凄く助かりました。あの、良ければお礼をさせてください。」



お辞儀をして顔をあげると、先程の怒っている表情からは想像も出来ないような穏やかな顔をしていた。初対面が初対面なだけに、少し怖かったけれども、見ず知らずの#name2#のために、あんなに怒って痴漢を撃退してくれるくらいだ。凄く正義感が強くて優しい人なんだろう。そんなことを考えていたが早々に頭の片隅においやった。今は彼へのお礼が先だ。しかし、こういう時に何をどうお礼したらいいのか分からない。無難に何か奢るべきなのだろうか。でも、初対面でいきなり二人でお茶とか気まずいかな。それとも、もう少し時間をおいて、ちゃんと考えてからお礼を返すべきなのだろうか。でも、それこそ初対面の人にアドレスとか住所とか、そういった個人情報は教えたくないだろう。悩む#name2#に、男の人はがしがしと頭をかいて視線を逸らした。



「名前。」
「え?」
「お前の名前、なんつーんだよ。」
「あ、えっと、名前です。」



どこかぶっきら棒に吐き捨てた彼に、自己紹介もしていなかったことを思い出す。名前も言えば、彼は一度、#name2#の名前を反復すると、今度は自分の名前を呟いた。ギアッチョというらしい。#name2#も声には出さないけれど、頭の中で彼の名前を反復した。



「グラッツェ、名前。じゃあな。次からは気を付けろよ。」



言うが早いか、ギアッチョさんが突然背を向けて改札に向かって歩いていくものだから、#name2#は慌てて彼を引きとめた。



「あの!まだお礼が…!」
「名前、聞いたからよ、それでいい。」



名前だけでいいって、どれだけ謙虚なんだ。日本人もびっくりだぞ。しかしながら、ぽかん、と#name2#が間抜け面を晒している間にギアッチョさんは早々に改札を過ぎていなくなってしまった。その場に残された#name2#は暫くの間、人混みに紛れて消えていったギアッチョさんの後ろ姿を探すように、人々が行き交うホームを見詰めていた。


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