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黒猫なリゾット


→擬獣化パラレル



引っ越したばかりで見慣れない景色はわくわくさせると同時に不安を増長させた。自分が慎重な人間であることもそうなのだが、方向音痴であることが不安要素の大きな要因だった。目印を見付ければ良いとか、地図を見れば良いと言うが、まず目印の場所に戻ってこれないし、地図は現在地が分からず、分かったとしてもどの方向に向かえばいいのか分からない。重度の方向音痴の自覚はあるが、土地勘というものがいつになっても備わらないので、そのうちに諦めた。しかしながら、現代というものは科学が進歩した。携帯の地図アプリを使えば現在地をGPSで勝手に割り出してくれるし、目的地を入力をすれば、行き方をナビしてくれる。これで方向音痴の私も初めての土地で迷子にならずに済む訳だ。そう思って家を出た。



「(完全に迷った!)」



別に今までのが前振りだった訳では決してない。断じて違う。しかしだ、道が分からなくなり地図アプリを起動し、それ通りに進んでいる筈なのに、どうにも目的地につけない。寧ろ遠ざかっている。なぜだ。道の隅っこで携帯の持ち方を変えたり、ちょっと進んでは違う方向に進む矢印に余計混乱したり。これは今日中に家に帰れるのだろうか。最早私の中では目的地に着くかどうかの問題ではなくなった。冷や汗が背中を伝い不安がどっと押し寄せる最中、足元にふわふわした感触が。



「ん?猫?」



見れば足元には、体をすり寄せる黒猫が一匹。やけに懐っこい猫だな、と思いながら頭を撫でてやれば嬉しそうに喉を鳴らす。首輪はついていない。野良猫なのか。それにしては綺麗な毛並みをしている。ふわふわ、さらさら、そんな言葉で形容出来そうな黒猫を撫でていれば、多少は癒されるものの、はてさてどうしたものかと困っていることには変わりない。



「お前が私の家なんて知る筈もないしねぇ。」



ぽつりと独り言を零し、黒猫から手を離した。そして、携帯を弄り目的地を引っ越したばかりのアパートに切り替える。愛らしい猫は道にさえ迷ってなければもっと撫でていたかったが、生憎と今の私には、こんな所で油を売っている場合でもないし余裕もない。早く家に帰れる道を何とかして探し出さねばならない。不安を振り払い、意気込んで自分を叱咤してから、猫に別れを告げようと下を向けば、ついさっきまで足元にいた筈の黒猫は少し先の方で可愛らしい鳴き声で鳴いている。何となく、呼ばれているような気がしてそこまで歩いて行けば、私が追い付くよりも先にスタスタと歩き出す。一定の間隔をあけ、時折こちらを見ながら、まるで私のことを誘導しているみたいだった。勿論、そんなことはないだろうが、私は携帯のナビを見詰めて驚いた。偶然なのか何なのか、黒猫の進む先が私のアパートを示す地図と一致している。携帯と黒猫を交互に見ていれば、黒猫は早く来いと言わんばかりに鳴いた。



「連れてってくれるの?」



うんともすんとも言わないけれど、黒猫は黙ってこちらを見詰めている。この際帰れるなら何でもいい。そうして黒猫に連れられ、歩くこと30分。今度は案外すんなりついてしまったアパートに、黒猫とアパートを交互に見ながら心底驚いた。黒猫はといえば、先程まであんなにすり寄って来ていたくせに、今ではそんな様子など一切見せない。つん、と澄まして毛繕いを始めてしまい、私のことなど見向きもしない。本当に気紛れな生き物だな、と思いながら少し離れた所にいる黒猫に合わせてしゃがみ込んだ。



「ありがとう、黒猫さん。」



偶然ではあるけれど、助かったのは事実。それに、こんな不思議な体験が出来るなら道に迷うのも悪くない。自分の方向音痴を棚に上げ、少しばかりうきうきとした気分のまま、折角アパートまで届けてもらったのだから、今日は家で大人しくしていようと自分の部屋のドアノブに手を掛けた。



「リゾットだ。」



妙に心地いい低音が耳に響く。まるで人間の男のようなその声に驚いて振り向くが、そこには当然のように誰もいない。ふと、足元に視線を落とせば、いたのはあの黒猫だった。何時の間に移動したんだろうと思いながら、不思議とこの黒猫がリゾットという名前なのだと確信めいたものがあった。



「リゾット?」



名前を呼ぶと黒猫は返事をするかのように一鳴きするだけだった。


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