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ネガティブインゴ2

「あの、ここって、とってもお高いお店なんじゃ…?」
「そうでしょうか?」



通された個室で席に着けば、どこかソワソワと落ち着きのない名前。
そうですね、世間一般からしてみたら少々高い部類の店になるのでしょうか。普段の柔らかい雰囲気から一変、緊張気味に視線を宙に漂わせています。



「あ、あの、連れてきて頂いて、それも最初にこんなこと言うのとっても失礼なんですが……。」
「はい、なんで、しょう?」



申し訳なさそうに俯き気味の顔でワタクシを見上げるので必然的に上目遣いというものになるのでしょうか。大変、愛らしいです。いえ、そうではなくてですね。
やはり名前には迷惑だったのでしょうか?そもそもあんな押し付けるように食事に招待すること自体が迷惑極まりないことでした…。落ち着きもありませんし、この店に入るなり顔色もよくありませんし、気に入って頂けなかったのでしょうか。もしかしたらこのまま帰ってしまわれるのでは……



「あまり、お値段がはると、その、は、払えるか心配、なんですが……。」



それだけ言いますと完全に俯いてしまわれました。少々顔色が悪いとは思っていましたが、まさかそれを心配していらしたのでしょうか。なぜそのようなこと?



「元より名前に払わせる気などありませんが?」
「えぇ!?」
「女性に食事代を払わせるなど言語道断でございますから。」



なぜそのようなことで驚かれるのでしょうか?紳士たるもの、食事代くらい出すのが当然。好意を寄せる女性相手に払わせる方がどうかしています。より一層慌てだした名前でしたが、なにかを言う前に料理が運ばれてくるので渋々といった様子で言葉を飲み込んでいる様子でした。
緊張していらっしゃるようでしたが、それも最初だけで運ばれる料理を口にする度に嬉しそうにして下さいますし、徐々に口数も増えてきたのでこちらも少し安心致しました。こんな時に気の利いた台詞の一つでも言ってやれればワタクシのことも少しは意識して下さるでしょうに…。口数の増える彼女と反対にワタクシの口数は減り、思考は徐々に徐々に後ろ向きに。彼女の話も、やはりどこまでも他人行儀で、まるで自分のことは伝えたくないと遠回しに言われているような気がしてなりません。



「インゴさん?」
「は、はい!」
「ぼうっとしてましたね?」
「いえ、そのようなことは…。」
「そうですねぇ、それじゃあ今度は友達のバチュルが」
「そうではなくてですね……。」
「なんでしょう?」



ワタクシは名前自身のことが知りたいのです。
なんて、素直に言えたらどれだけ良かったでしょうか。上手く伝えることも出来ず、意味の成さない言葉が宙を舞う。これではいつもと同じになってしまいます……。折角食事に誘ったというのに、いつもと……



「名前のことを、教えて、頂けないでしょうか。」



ぽつりと零れた言葉はひどく小さく、なんてみっともない。本当は会話が弾んでいるうちに、エメットの助言により練習した決まり文句を言えればと、そう思っていたのです。会話が弾んでいるうちなら流れが自然だからと、エメットに言われたのです。それこそ一種の呪文のように何度も何度も同じ台詞を繰り返していました。それなのに、零れた言葉は殺し文句なんかとは程遠い。飾ることも出来ないただの幼稚な言葉でした。



「私のこと、ですか?」



上手い言葉も、殺し文句も、ワタクシからは出てきません。拒絶されるでしょうか。気味が悪いと避けられるでしょうか。

今までの関係に満足してはいませんでした。しかし、彼女と接点がなくなるくらいなら、そのままでもいいと、ただ話すだけでもいいと、そう思っていました。しかし、人間は欲深い。可能性があるのなら、もっと彼女の側に寄れるのなら、どんなことでもしてみたいと、いつしかそのようなことを考えるようになりました。



「それなら、」



俯いた状態で彼女の表情も窺えず、ただ冷めた料理を見詰めるだけ。拒絶されることが、避けられることが、怖い、のです。彼女の答えを聞きたい、しかし、聞きたくない。そんな感情がせめぎ合う中でも尚、彼女の声は心地良くワタクシの脳髄まで響きます。



「インゴさんのことも、教えて下さい。」
「は?」
「私もインゴさんのことが、知りたいです。」



少し照れたように視線を逸らす彼女の頬はほんのりと赤く色付いておりました。それに釣られる様にワタクシの顔もじわじわと熱に浸食されているような、そんな気分です。



「ワタクシの、ことですか?」
「はい。いつも、話すのは私ばかりで、インゴさんに迷惑じゃないかなって、思ってたんです。」
「ち、違います!」
「そうですか?それなら良かったです。いつも私ばかり話し掛けて、お仕事の邪魔じゃないかなって思ってたんです。でも、インゴさんから声を掛けてくれることもあるし、今日みたいに食事も誘ってくれるし、どう思ってるのかなって、気になってたんです。」



色付いた頬も、気を持たせる様な言い回しも、名前の行動、言動全てがワタクシを勘違いさせているようで。必死に浮つく感情を抑えようとしますが、つい、期待してしまうのです。



「もしかしたら、インゴさんと同じことを考えていたかもしれませんね。」
「同じ、ですか?」
「はい。インゴさんが好きだなって、思ってたんです。」



ワタクシは上手く言葉を選べません。咄嗟に出てくる言葉は高飛車なものばかりです。好意を抱いている相手に対して、殺し文句も、気の利いた台詞の一つも送れません。それでも好きだと伝えてくれた彼女の側にいることが許されるのならば、その気持ちにワタクシが応えても宜しいのでしょうか。



「I also love you.」



(ワタクシも愛しています)



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