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ネガティブインゴ

褒められるという行為自体は悪くはないのです。ワタクシも褒められればそれなりに嬉しいものです。しかしながら、それを上手く表現出来ない難儀な性格なのです。



「またのご乗車をお待ちしております。」



考え事をしてのバトルではありましたが、ワタクシの圧勝で幕を閉じました。考え事をしてのバトルなどサブウェイマスターに怒鳴られてしまわれそうではありますが。
マニュアル通りの台詞を並べて挑戦者を見送り、ワタクシもシングルトレインから降りました。暫く構内を歩いておりますと、ここでは珍しい黒髪の女性を見掛けました。



「(………名前)」



名を名前といい、外国から来たのだとか。金髪長身グラマーだらけのここで名前のような黒髪童顔幼児体型の女性は実に珍しいのです。(貶している訳ではありません)
そんな彼女と知り合ったのは1年程前になるのでしょうか。度々話をする機会がございましたので、勤務中ではありましたが、これも仕事の一つとしてお相手しておりました。決して!決してワタクシの私情ではございません!しかし、そうやって彼女と関わりを持つうちに彼女に惹かれるようになったのは事実です。そんなことを考えておりますと、自然、目でひたすらに彼女を追い掛けていまして、体も彼女に向かって歩いて行ってしまうのです。



「あ!インゴさんこんにちは。さっきのバトル圧勝でしたね!格好良かったです!」
「え、あ…ぁ…。」
「インゴさん?」



自然と歩み寄っていたせいで、会ってなにかを話すことなど考えもしていなかった。それどころか、緊張からか話題を振られても上手く言葉が紡げず、名前の顔すら見ていられない。好意を寄せる女性であるというのに、殺し文句の一つも言ってやれず、今みたいな日常会話ですら覚束ない。名前以外の相手でしたら平然とこなせてきたことが、本人を目の前にするとなに一つ出来なくなるのです。しかしながら、このような醜悪な態度を晒しても尚、名前はワタクシに声を掛けて下さいます。



「あり、がとう、ござい、ます。」
「とんでもない!本当のことですから。」



お礼の一つもまともに言えない性格です。気付けば周りからは皮肉屋で通っています。最初こそ名前のように気軽に声を掛けてくれていた部下も、今では一歩引いた所でワタクシの様子を窺うような、壁に隔たれているのです。だからこそ、名前がいつまでも声を掛けて下さることがワタクシはなにより嬉しいのです。だからこそ、そんな彼女に惹かれたのです。



「あの、ですね……」



この1年沢山話をしたと思っていました。確かに話はしましたが、それはバトルの話、彼女の手持ちの話、ワタクシの手持ちの話、なんてことない日常の話。どれもこれも、彼女自身のこととは程遠い。出来ることならば、ワタクシは彼女自身について知りたいのです。



「あの……」



言葉を濁すなど、ワタクシらしくない。それは百も承知ですが、彼女を目の前にするとなにがある訳でもないというのに床を見詰め、ハッキリしない言葉を紡ぐだけになってしまう。なんて情けない。ワタクシの我が儘で足止めしてしまっているのですから早く告げてしまわなければならないというのに。そう思うのだが、出てくる言葉は意味を成さないものばかり。待たせてはいけないのに…言葉が…



「今日の夕方空いてますでしょうか?空いてますよね?では、夕方19時にギアステーションの入り口でお待ちなさい。丁度知り合いの店にお招き頂いたのでお前も連れて行って差し上げます。」



きょとんとした表情をしておられますが、その表情、ワタクシが一番したいのですが。

***

「ねぇ、インゴ。どうしてそんなに凹んでる?早く書類片付けてよ。」
「うるさい、黙れ、腐れ果てろ。」
「なにそれ酷い!」



机に突っ伏したまま、あの後のことを思い出そうとしていましたが、自分がなにを言ったのか、どうやってここまで来たのか、それすら覚えておりません。なぜあんな風に口走ってしまったのか、自分で自分が分かりません。しかし、一つだけ覚えていることとすれば、若干眉根を下げた名前が控え目に私で良ければ、と言っていた言葉だけです。ああ、ワタクシはなぜあんな言い方を…。もっと他にあったでしょうに…。なぜ……。



「あ、名前からメールだ。」
「ワタクシの手で家族を殺めることになろうとは。」
「どうして!?」



それはこちらの台詞でございます!勢い良くエメットの胸倉を掴み、これでもかという程ガンをつけてやれば涙目でおろおろと視線を逸らしました。余計に憎たらしい。



「名前とお前がメールをしているだなんて聞いてません!」
「い、言ってないもん!」



エメットをソファーに投げ飛ばし机の上にあった煙草に手を掛けました。咥えた煙草に火をつけて煙を吐き出しますが、どうも気持ちが晴れません。全てはエメットのせいでございます。ワタクシの心情など知りもしないエメットは携帯を覗き込んで、名前から送られたというメールを読んでいるのでしょう。忌々しい!



「わお!インゴ今日名前とディナーなの?」
「なっ!なぜお前がそれを!」
「名前からメールきたんだ。なんだかインゴ怒ってたから、理由をそれとなく聞いて欲しいって。まーた、いつもの調子で言っちゃったの?」
「うるさいですよ!」
「そんなこと言って、名前に嫌われてもいいの?」
「っ!」



悔しいですが、こればかりは口を噤むしかありませんでした。エメットはワタクシの性格を理解しています。ですから、このままでは名前も今までの部下の様に余所余所しくなってしまうと、まぁ、少なからず心配しているようです。エメットが心配する理由は分かっているつもりですが、まるで自分が子供扱いされているようで納得いきません。威嚇するようにエメットを睨んでいれば、楽しそうににんまり笑うエメットがワタクシの側に近寄って来たではありませんか。良からぬことを考えているに違いありませんね。



「手伝おうか?」
「結構です。」
「でも、このままじゃ上手くいかないでしょ?インゴってば照れて名前の前じゃ別人みたいだもんねー。」
「なっ、お、まえ!」
「知ってるよ。名前が来てから1年は過ぎたもん。ずーっとその調子だからボク面白くなっちゃってさー。」
「玩具かなにかと勘違いされては困ります!」
「違う違う!インゴの為を思ってる!」



妙に必死なのが気になりますが、まぁ、そこまで言うのなら女関係に敏いエメットですし、少しは役に立つでしょう。渋々頷き、承諾しますと、やはりにんまりと笑うものですから腹が立ちます。思わずエメットの頭を引っ叩いてしまいました。



「痛い!」
「それで?助言かなにかあるのですか?」
「綺麗なまでにスルー!いいけどね!えっとね、インゴ素直じゃないから、ボクみたいに殺し文句も言えないし綺麗な花束持ってくのも出来ないでしょ?」
「お前…ワタクシを貶しているのですか?馬鹿にしているのですか?」
「違う違う!怒らないで!だからね、出来ないことをしてもどうしようもないからしない方がいいよって言いたかったの!」



ウィンクとか止めて頂きたい。吐き気がします。むかむかする心情を抑え込み、なぜか顔を耳元に近付けるエメットに虫唾が走ります。



「まぁまぁ、聞いてよ。まず、名前を部屋に連れ込みます。いだっ!」
「只今鞭を持って参ります。」
「待って待って!ごめん嘘!ジョークジョーク!」
「手間を取らせるなといつも言っているでしょう。」
「インゴにはジョーク通じないなぁ……。そんなに焦らなくても平気なのに。」
「なにか言いましたか?」
「なんでもなーい。」



ボソボソと愚痴を零しておりますが、生憎とワタクシもエメットもそう暇ではありません。助言して下さるというのならば早々に済ませて頂きたいものです。滅多に変わらない表情筋が久しぶりに動いたかと思うと、いつもエメットに対して青筋を立てるだけなのをどうにかしたい。



「それじゃあ、少し練習しようか!」



使えるものでなかったら張り倒すことに致しましょう。

***

「こんばんは。」



駅の構内を走って名前がワタクシの側で立ち止まりました。その姿ですらワタクシにはひどく愛らしく映ります。息を切らしているようでしたので、すぐ側のベンチに腰を掛けさせ、息が整うのを待ちました。



「す、すみません。遅れちゃって…。」
「いえ、時間通りです。」
「でも、インゴさんお仕事は大丈夫ですか?いつも夜中まで働いてるイメージが…。」
「今日は早番ですから平気です。」
「なら、安心ですね。」



ようやく息も整ってきた頃、ワタクシは初めて自分のことを彼女に話したような気がしました。ただ早番だと、そう伝えただけだというのに。ぼうっと彼女を見詰めておりましたところ、突然立ち上がった名前がワタクシの手を取りました。その行動には驚きましたが、それ以上に彼女に触れられたことが嬉しかった。柔らかくて、滑らかで、暖かい。



「もう大丈夫です。行きましょう?」



本来の目的を忘れるところでした。慌てて立ち上がり、その小さな手を握り返しました。チラリと彼女を窺えば少々驚いておりましたが、今まで見たこともない柔らかな笑みを浮かべていて、自然とワタクシの頬も緩むのが分かりました。



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