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清掃員にアタックするマスボス

「おはようございます。」



タイムカードを通して出勤すれば、おばちゃんやおじちゃんがおはようと挨拶を返してくれる。数少ない同僚の子はまだのようで辺りを見回しても見当たらなかった。かろうじて用意されている狭い女子更衣室にある自分のロッカーに鞄を置いて、割烹着のような清掃員用の制服に着替えた。早起きの得意なおばちゃんおじちゃんは早々にこの職場に集まり雑談をしてから仕事に向かう。私も少しだけその雑談に混じりながら、時間になったことを確認して今日の担当であるダブルトレインのホームに向かった。

***

「名前様っ!」
「あっ!ノボリさん、おはようございます。」



モップとチリトリを持ってダブルトレインに向かう途中、遠くの方からノボリさんの声が聞こえた。あまり視力に自信のない私だからかもしれないが、よく見付けられたものだと感心した。構内を走ってはいけないとのことなので、お客様にぶつからないよう歩いてノボリさんの方へ向かえば、彼はなぜだか走っていた。いつも走るなって言ってる人間がこれじゃあ、少し説得力に欠けるなぁ、なんて苦笑いをしていると、息を整えたノボリさんが少し頬を赤く染めながら、あの、えっと、としどろもどろに言葉を紡ぐ。



「どうかしましたか?」
「い、いえ、その、よ、宜しければ、今日、昼食をご一緒し、ませんか…?」



そわそわと落ち着かない様子で、私の顔を見ては俯きを繰り返す。仏頂面だと言われているが、実際は中々に表情豊かな人だ。特に断る理由もなく、いいですよ、と返事をすれば途端に嬉しそうな表情をして、ぎゅうっと私の手をノボリさんの両手が包む。



「わ、わたくし!楽しみにしております!」



そんなにお昼ご飯が楽しみなのか。お弁当に思いを馳せるノボリさんも仕事の途中な訳で、私に一礼すると急いで持ち場に戻って行った。私もダブルトレインに向かうべく戻ってきた道を歩き出しながら、今日のお弁当に思いを馳せた。今日は少しばかり貧相なお弁当になってしまっているから、あまりノボリさんに見せたくないな、と思いつつ、もしかしたらおかずを分けてくれるかもしれない、なんて考えながら。

***

「名前!」
「ぐへっ!」



平日の朝、通勤ラッシュを終えた今のような時間には忘れ物やゴミが多い。気合を入れて掃除をしていれば、背中に急な重みが襲った。それになんとか耐え抜いて倒れることだけは阻止したが、お陰さまで手に持っていたモップからは手を離し、少しばかり飛んでいってしまったが。毎度のことながら、彼の声だけは聞こえるのにどこから現れるのか分からない。名前を呼ばれて、きょろきょろと辺りを探しているうちに、いつもどこかから衝撃がきてしまうのだ。まぁ、今回もそのパターンだった訳だ。少々恨みがましく思って、背中に張り付いてるクダリさんを見遣った。



「クダリさん、困ります。」
「どうして?せっかく名前見付けた!ぼく名前といっぱいお喋りしたい!」
「そういうのは仕事が終わってからにして下さい。」
「だって、ぼくの仕事終わりない。そんなことしてたらいつまでも名前に会えない!」
「それはご愁傷様ですね。」



クダリさんには少しキツイくらいの言い方をしなければ一日中私の後をついて回る。それもべったりひっついたままだ。流石にそれでは暑苦しいし、身動きもとりずらいし、なにより人の視線が痛いので、これくらい仕方ないのである。どうしてこうもクダリさんが私に懐いているのかは知らないが、仕事が終わらなければ私もクダリさんも残業なことに変わりはない。それはお互い避けたいのだから、心を鬼にするというものだ。



「あっ!それならお昼一緒に食べよ!それならいいでしょ?」



ノボリさんとの先約が、そう思ったが、二人はどうせ時間が合えば一緒に食べているんだろうし、まぁ、いいかと承諾した。私の返事を聞いたクダリさんはパッと離れて、「ぼく頑張る!」と意気込んでトレインに戻って行く。トレインに乗る直前まで私の名前を呼んで、ぶんぶん手を振ってくる。少し、いや、だいぶ恥ずかしいから勘弁して頂きたい。

***

「クダリ?」
「ノボリ?」



駅員さん用の休憩室でご飯を食べるのはなんだかアウェー感が漂うので、職員専用と称された個室で昼食をとることになった。ノボリさんと私は先にそこにいたので、クダリさんにその旨を伝えると、物凄いスピードで個室まで来てしまったので、ノボリさんに説明すらしていないのである。二人はきょとんと首を傾げているので、こほんと一つ咳払いをして二人に経緯を説明すると、どこか落ち込んでしまった。え、な、なんで?



「わたくしは、てっきり名前様と二人っきりかと……。」
「それ、ぼくの台詞……。」
「で、でも!ご飯は大勢の方が楽しいじゃないですか!」



なぜ落ち込んでいるのかは知らないが、二人を宥めてなんとか元気を取り戻してもらわないと。一端の清掃員が、かの有名なサブウェイマスターとお昼を共にするということ自体珍しいことなのだ。機嫌を損ねてしまって、もし、手を回されて首にでもされたら困る。自給がいい訳でも、割に合った仕事でもないけれど、職場環境というものにとても恵まれているお陰で、不満がない訳ではないが、それなりに楽しく働けているのだから。



「あ、あの、」
「そうですね。文句を言ったところでどうしようもありませんし。」
「うん!お喋り出来ることには変わりない!」



突如として元気を取り戻した二人が、右にノボリさん、左にクダリさんの二人が私を挟むようにして長椅子に腰を掛けた。え、動きづらっ!机を挟んで向かいにも同じ長椅子はあるのに、なぜ私を挟む……。まあ、しかし、二人が元気になっただけ良しとしよう。少々狭くはあるが、三人でお弁当を広げた。



「あれ?二人とも同じお弁当なんですね?」
「名前知らなかった?ぼくとノボリ、一緒に住んでる。お弁当も交代で作ってる。」
「え!そうだったんですか!」
「今日はわたくしの当番でございます。」
「ノボリさん料理お上手ですね…。」



まじまじと二人のお弁当を見ると、ふんわりと柔らかそうな卵焼きに、色とりどりの野菜や、美味しそうなからあげなどが詰まっていた。対する私のお弁当は昨日の残りである野菜炒めとか冷凍食品を詰めただけの、それはもう簡素なお弁当。これは女子社員として如何なものか。いや、でも、これはノボリさんだけが異常に豪華なだけで私は至って普通で、寧ろお弁当を毎日持参するだけ女子力に問題は……。悶々としていれば、目の前にあの美味しそうな卵焼き。



「宜しければ。」



橋で摘んだそれはノボリさんから差し出されているようで、これは、食べて下さいと、いうことだろうか?しかも、ノボリさんからのあーん状態で?………いやいやいや、それは駄目だろう。行儀が悪いと思われる。しかし、ノボリさんは卵焼きを私のお弁当箱に置くとか、そういうったことはしてくれない。どうしようか悩んでいれば、横から突如として金髪ピアスが。



「大変美味しゅうございました。」
「いいなー!インゴ。ノボリ、ボクにも頂戴!」
「イ、インゴ!?」
「エメットまでなんでいるの?」



見慣れない金髪に驚いていたら、それはノボリさんクダリさんにそっくりな人が二人立っていた。もぐもぐと私に差し出された筈の卵焼きを咀嚼しているノボリさんそっくりの黒い人。ごてごてのピアスと高圧的な態度から、まるで見下されてるようで、少し怖い。そっちから目を逸らせば、片割れと思われるクダリさんそっくりの白い人。こっちもピアスがいっぱいついてて、にっこり笑ったその表情はクダリさんとは違った不気味さがある。ノボリさんは驚いていて、クダリさんからは怒ってますオーラがむんむん。クダリさんが怒ってるところなんて初めて見た…。こういう常に怒らない人が怒るとすっごく怖い。
縮こまっていたら、するりと手を取られ、腰を掴まれると同時に席を立たされた。え、なに?私怒られるの?バケツ持てばいいの?



「初めまして名前。ワタクシインゴと申します。」
「ボク、エメット!」
「ノボリやクダリから話は聞いております。」
「すっごく可愛い女の子、ってね!」
「インゴ!」「エメット!」



手の甲に黒い人、もといインゴさんにキスをされた。それと同時にエメットさんが頬にキス。勿論、こんなことされた経験がある訳もなく、みるみるうちに体温が上がって顔が熱いし耳も熱い。インゴさんとエメットさんがニヤリといやらしく笑うから余計に体温が上がる。が、外人さんのスキンシップって激しいんだなぁ。そんなことを考えていたらガタンッと椅子のずれる音と共に立ち上がったノボリさんとクダリさん。ノボリさんがべりべりっと私をインゴさんエメットさんから引き剥がしたかと思うと、ぎゅうっと痛いくらいに正面からクダリさんに抱き締められた。



「な、なにをしているのですか!公共の場ですよ!」
「インゴもエメットも触らないでよ!名前は天使なんだから!女神なんだから!処女神なんだからっ!」
「!?」
「なにをそんなに焦るのです?ワタクシ共の国ではこれくらい挨拶ですが。」
「意識し過ぎー!ていうか、名前処女なの?アハッ!なにそれ食べちゃいたい!」
「!?!?」



クダリさんなんでそれを知ってる!?と驚いていたら、なんだろう、幻聴かな。エメットさんがクダリさんよりも爆弾発言した気がするんだけど。クダリさんに正面から抱き締められているせいでエメットさんの表情は窺えないが、逆に見えなくて良かった。トラウマになりそう。



「………エメットって処女厨だったの?」
「別に?女の子ならみーんな好き!」
「ザノバビッチ!」
「クダリってば口わるーい!名前怖がっちゃうよ?」



急に頭に手が置かれて、びっくりして体が飛び上がった。後ろからなにが面白いのか笑いっぱなしのエメットさんの声が聞こえるから、きっとこの手はエメットさんなんだろう。ぎゅうっと抱き締めていた私をようやく離したかと思えば、自分で隠すようにして今度はクダリさんの後ろに回された。
その後もなにやらえげつない言い合いを繰り返す白い二人。止めた方がいいの、かな?迷っていれば、体が浮いて、目の前には煙草を咥えた、んん?ノボリさん?



「インゴ!」
「なんでしょうか?」



私を持ち上げたのはインゴさんだった。重いだろう私を事も無げに持ち上げて、スタスタドアに向かって歩き出したインゴさんを止めるようにノボリさんが立ち塞がる。二人とも牽制し合ってるみたいで、なんかもう、下ろしてくれ。今直ぐ逃げ出したい。



「名前様をどこへ連れて行くおつもりですか?」
「ただの食事です。」
「それなら名前様を置いて即刻立ち去って下さいまし。只今、わたくし達が名前様と食事中ですので。ああ、それともそちらの国では食事中の女性を連れ出すことが紳士の務めなのですか?」
「散々な物言いですね。彼女の前で本性を露わにしたのは初めてですか?実は厭味ったらしいだけの未練がましい束縛男だと早く告げてしまいなさい。」



白い二人の喧嘩が可愛く思えてきた…。インゴさんに横抱きされながら、まるで冷戦を繰り広げているようで、冷や汗が流れる。逃げる手立てはないものかと思案していた時、ふっと時計が目に映った。



「あ!時間!」



こんな空間にいたから一分一秒が長く感じたのだろうか。久々に声を発した気がする。そんな私の声に4人の耳が傾いた。べ、別にそんな変なこと言ってない、よね?時計を見れば、もうすぐ1時を指し示す。12時には休憩に入っていたから、休憩はもう終わりだ。私もノボリさんクダリさんも仕事に戻らなければならない時間である。



「私お仕事に行かないとなので……。」



未だインゴさんに横抱きにされたままなので、そう告げると彼は煙草の煙を吐き出して、私を地面に降ろしてくれた。それを合図にノボリさんもクダリさんも急いでお弁当を片付ける。私も急いで片付けて持ち場に戻らなければ。



「貴方がた、一体なにしにこちらへいらしたのですか。」
「そんなの研修に決まってるじゃん。」
「そんなの聞いてない。」
「連絡するの忘れていましたからね。」
「………連絡ぐらいまともに入れて下さいまし…。」



そんな会話を聞きながら、私はお弁当を抱えて部屋を出た。



(お先に失礼します……)
(ボク達暫くこっちにいるから!)
(お食事はまた今度)
(そんなの駄目!)
(名前様とお食事など許しません!)



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