新婚インゴとクルマユ
「えへへ。」
「?」
「………。」
嬉しそうにクルマユを抱き締める名前が大変可愛らしいですが、ワタクシとしては、なんともいえない気分です。
折角の休日ですし、普段任せっぱなしの家事を手伝おうと買い物について行ったまでは良かったのです。その帰り、偶然見掛けたクルマユが名前に惹かれるようについて来てしまったのです。彼女はポケモンに好かれやすい体質なのか、時折クルマユのようにポケモンをつれて来ることがありました。しかし、いつも少し相手をして野生に返すのです。ですが、今回は違いました。ついて来たクルマユを見た瞬間に買い物袋を地面に置き、抱き締めたまま帰ろうとしていました。大きい荷物はワタクシが持っているので平気ですが、もしかしたらスナック菓子は崩れてしまったかもしれません。
「名前!?」
「はっ!に、荷物!」
焦って名前を呼べば我に返ったかのように荷物を持ち上げます。片手で荷物を持ち、片手でクルマユを抱き上げ、よたよた歩く姿が流石に危なっかしく見えたので荷物を持ち上げてクルマユを抱かせたまま家に帰ることに致しました。わざわざ抱き上げずともついてくる筈なのになぜそこまで…。
それからの名前は家に着くなり、なにが楽しいのかクルマユを抱き締めたり、眺めたり、撫で回したり。クルマユもあんな表情をしておりますが、心なしか嬉しそうでした。ワタクシはといえば、ただそれを眺めるだけで特にすることもありません。テレビをつけても、特に面白い番組もない。ああ、折角の休日ですのに……。
「モンスターボール買ってこないとだねぇ。えへへ。」
「捕まえるのですか?」
これは珍しい。名前はポケモンに好かれやすい体質ですが、今までポケモンを捕まえたことはなかったんだとか。その為、彼女はポケモンを一匹も所持しておりません。その彼女がモンスターボールを買う、ということは、そのクルマユを捕まえるということでしょうか?別に構いませんが、なんだか、釈然としませんね。ようやくワタクシの声に振りかえった彼女が、それはもう嬉しそうに返事をするので、余計に、もやもやと…。
「はい!この子すっごく可愛いですし。」
「珍しいですね。」
「えっと、図鑑を見せてもらってから思ってたんですけど、このクルマユって、インゴさんにちょっと似てませんか?」
ずいっと目の前にクルマユを差し出されました。そのやる気のなさそうな瞳でこちらを見詰めないで頂きたい。これに似ていると?ワタクシが?
「…そうでしょうか?」
「似てますよ!クルマユがいればインゴさんが留守の間も安心ですし、インゴさんのことも思い出せて一石二鳥なので。」
無意識なのでしょうか。クルマユに視線を投げて、へにゃりと綻ばせた笑顔が、それはもう愛らしく、クルマユを取り上げて床に置き彼女を抱き締めました。急なことで驚いたのでしょうか、おどおどと慌てておりました。
「あ、あの、どうしたんですか?」
「いえ……。ただ、愛されていると、実感しただけです。」
おずおずと背中に回る腕に、鼻を霞める甘い香りも、自分だけが独占しているのだと感じられる。
「ワタクシがクルマユと似ているかどうかは別として、遺伝子レベルで似るものなら欲しいですね。」
「インゴさんも欲しいポケモンいるんですか?」
「ポケモンではなく、名前との子供が欲しいです。」
「子供、ですか?」
意味が理解出来ていないのでしょう。ぱちくりと瞬きを繰り返すだけで、ただワタクシを見詰めておりました。暫くそうしていますと、彼女の瞳からぼろぼろと涙が零れて、え?
「す、すみません!嫌でしたら無理にとは!」
「ちがっ!違います!嬉しくて。」
ごしごしと強く目元を擦るものですから、少し赤く色づいていました。その手を取って、代わりにべろっと舐めとると小さく体を跳ねさせております。そうしていれば、くすぐったそうに身を捩り、いつしか涙など止まっていました。
「私も、インゴさんとの子供が、欲しいです。」
まだ涙声ではありましたが、いつものように笑顔を浮かべた彼女をもう一度抱き締め、触れるだけのキスを。
その間のクルマユは恨めしそうにワタクシを見詰めていたような気がします。