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少年インゴ奮闘記

最近の子供はませていると聞くけれど、子供は子供だろう。なんて思ってない。断じて思ってない。なんせ私はその子供に何度も何度も言い寄られているのだから。



「名前今日は空いているでしょう。デートして下さい。ワタクシがエスコートします。」
「悪いけど今日も遅くまで仕事だから。」
「お前は労働基準法をご存じで?」
「ちゃんと守ってるよ。インゴのタイミングが悪いだけ。」



近所に住むインゴ少年は小さい頃からやたら私の後をついてきていた。単純に懐いてくれてるんだと思って嬉しかった。のに、インゴは私を女として意識し始めたようだ。いつからか、こうして週に何度か、もしくは会った時か、デートしろと迫ってくる。本当にませてる。まだお酒も飲めないし、仕事も出来ないくせに。



「あのね、インゴ。君は顔がいいんだから私じゃなくてスクールの女の子とか、先輩とか、そういう子にしときなさい。皆喜んで付き合ってくれると思うし。」
「そんな芋には興味ありません。ワタクシは幼い頃より名前だけを愛すると決めております。」
「芋って……。だいたいね、インゴが言ってるのは小さい頃からの刷り込みみたいなもので勘違いだから。早く気付きな、黒歴史になる前に。」



呆れて溜め息が漏れた。そりゃ、最初こそど直球に告白されて焦ったし真剣に悩んだりもしたけど、こう毎日のように言われ続けてしまえば慣れる。インゴだって、どこか意地になってるだけなんだから。まだ何か言い放つインゴに適当に相槌を打って職場へと向かった。

***

仕事が終わったのは軽く日付を跨いでいて、ご飯を食べるのも面倒で家に帰ってからはお風呂に入ってほとんど寝落ちする勢いで寝た。ぼんやりとした頭で、そんな夜中の出来事を思い出した今はもう昼近い。布団が無性に暖かいせいだろうか、久しぶりにこんな時間まで熟睡していた。しかし、いくら今日が休みで、夜中に寝ていたとしても、この時間はまずいと思い、起き上がろうと体に力を入れた。



「………。」



起き上がろうとした瞬間、違和感を感じてベッドの上を眺めてると横にインゴが私を抱き枕にして寝ていた。こいつなにしてやがる。私が起き上がれないのは抱き枕にされているせいだった。
起き上がれないので、ぺちぺちとインゴの頬を叩いてやった。寝顔だけは年相応で可愛気があるのだから、叩く力は少し弱めに。眉間に皺を寄せて唸り声をあげながら、薄っすら目を覚ましたインゴがなんだ、とでも言いたげな視線を寄せる。それはこっちの台詞なのに。



「もう直ぐお昼だよ。起きて。というか、なんでインゴがここにいるの?」
「……鍵、開いてました。」



眠そうな声、眠そうな顔。ごしごし目元を擦りながらゆっくりとした動作で起き上がって、ぼうっとしている。相変わらず寝起きが悪い。いつものきびきびとした動作からはこれっぽっちも想像出来ない。



「ああ、そうなの。でも、なんでわざわざ家に来たの?しかも私のベッドで寝てるし。」
「…昨日、約束、しました。」
「約束?」



約束なんてした覚えがない。
喋るのが億劫そうで、再びベッドで寝ようとするインゴを無理矢理起こしてベッドから追い出した。そのまま床で寝そうなので、手を引いてリビングに連れて行く。



「朝ごはん食べた?」
「まだです。」
「そう。じゃあ作るから待ってて。寝ちゃ駄目だからね。」



一応釘を刺しておく。そうすると、ちゃんと言い付けを守って意地でも起きていようとする。うとうとして、ハッと我に返って、目をごしごし擦って、でもやっぱり眠いからうとうとして。その姿を昔影からこっそり眺めてあまりの可愛さに悶絶したのを覚えている。きっとそれは今でも変わらないだろう。なにせ変わったのなんて図体くらいなんだから。トーストにハムエッグを手早く作り、紅茶を淹れて、インゴの待つリビングに運んだ。



「どうぞ。」
「…頂きます。」



まだ半分寝ているのだろう。食べる動作も遅い。しかしながら、流石にご飯を食べていたら徐々に覚醒してきたようで、先程まで眠そうに垂れていた目が、いつも通り眼力で人が殺せるような鋭いものに変わった。これでまともに話が出来る。



「約束ってなに?」
「昨日、今日なら空いているか聞いたら空いてると言っていたので、今日一日をワタクシがもらいました。」



やっぱりインゴはまだ眠いらしい。説明不足で言っている意味がよく分からない。まぁ、でも、昨日最後の方に適当にはいはいと相槌打っていたらいつの間にか約束を取り付けてしまったと、そういうことだろう。今日一日は仕事の疲れを取りたくてゆっくりしたかったんだけどな。



「なので、早朝に名前の家に来たのですが、インターホンを押しても出て来ず、玄関のドアを押しましたら開いたので、勝手とは思いましたがお邪魔致しました。」
「いや、不法侵入だからね。」
「まだ名前が寝ているようでしたので起こしても良かったのですが、ワタクシも早起きをして眠かったので眠ることにしたのです。」
「いや、起こせ。」



唯我独尊という言葉が似合うように育ってきていると思っていたけど、まさかこれ程だったとは。呆れながら食パンを口に放り込んだ。そんな私の様子を窺っていたインゴが、珍しくしゅんと項垂れ、眉根を下げてこちらを見詰めてくる。



「迷惑ですか?」



本当にこんなことを言うのは珍しい。なにせ彼は今の今まで私の前では格好つけて弱音なんか吐かないし、ポケモンバトルに勝ったとか、女の子に告白されたとか、兎に角自分のいいところだけを私に見せ付けてきていたのだから。珍しく塩らしいインゴは、まるで私の後ろを必死についてきていた幼い頃のようで、なんというか、とても、庇護欲に駆られる。急いでパンを飲み込んで慌てて否定しても尚、不安そうにこちらを窺うのは昔から警戒心が人一倍強いインゴの防衛本能かもしれない。



「本当に迷惑じゃないよ。今日一日でしょ?インゴにあげるから、元気出して。」



項垂れている頭を撫でてやると、少し嬉しそうな表情が窺えて、やっと安心してくれたんだと思うと、なんだかこっちまで安心する。せっかくの休日を、自分の思うように過ごせないのは少し残念ではあるけれど、久しぶりに彼の相手をしてやるのも悪くはない。彼の真っ直ぐな愛情が鬱陶しいとも、気持ち悪いとも思わないのは、きっとそういうこと。でも、もう少し、もう少し彼が大人になって、それでも気持ちが変わらないようであれば、付き合ってやらなくもない。



「今日一日なにしようか?」



ニヤリと怪しく笑った顔など、私が見ることはなかった。



―――
確信犯インゴ。



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