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家政婦とインゴ

普通なら寝ている朝方に起床。肌寒さに布団に籠っていたい気もするが、そうもいかないので自分に鞭を打ってようやく起き上がる。次に顔を洗って髪を整える。服を着替えて、朝食の準備をしつつ、今日の予定が書かれたコルクボードのメモに目を通した。



「(今日もインゴさんの帰り遅いなぁ)」



コルクボードに書かれているとはいえ、いつもその時間よりも遅く帰ってくる私の雇い主であるインゴさん。朝は早くて夜は遅くまで。就業規則など無関係だ。まぁ、今時住み込みで家政婦やる私も似た様なものだが。朝食の準備を済ませ、時計を確認してインゴさんの寝室に向かう。



「失礼しまーす。」



軽くノックをしても返事は返ってこない。なにせインゴさんは寝起きがすこぶる悪い。そっとドアを開けて寝室に入ると、それはそれは気持ち良さそうに眠る姿があるものだから、毎度のことながら起こすのに忍びない。片割れのエメットさんは天使だなんだと騒がれているらしいが、インゴさんの寝顔を見た後じゃ何とも思わない、そう思うくらいインゴさんの寝顔は可愛い。マジ天使。しかし仕事に遅れてしまってはインゴさんの威厳にも関わってしまうから、ここは心を鬼にして揺すり起こす。



「インゴさーん?もうそろそろ起きないと支度間に合いませんよ?」



揺すっても中々起きないから今度は声も掛けてみる。そうすると、ようやく布団の中でもぞもぞと動き出すのだ。もう少しと更に声を掛けると、天使だった顔から一変、視線で殺されるんじゃないかと思うくらい極悪面に変わる。天使から悪魔にジョブチェンジか、嬉しくない。



「な…で、すか…。」
「もう起きる時間ですよ。早く支度しないと遅刻しちゃいますって。」
「Ah……」



眠気目を擦っている仕草がまた可愛いのだ。インゴさんのお陰で私はギャップ萌という言葉の意味を身をもって理解した。インゴさんが仕方なさそうに起き上がって、ぼうっとしている間にクローゼットからいつものスラックスにワイシャツ、それから大事なコートを取り出しす。



「ほら!寝ないで下さい!服用意しておきましたからね!」



最後に耳元で声を掛けて寝室を出た。キッチンからインゴさんの定位置に朝食を運び、その隣には新聞を添えておく。暫くすると、髪を整え、制服に身を包み、先程とは打って変わってしゃんとしたインゴさんの登場である。



「おはようございます。」
「Good morning.」



ここでようやく朝の挨拶をするのだが、見た目は確かにしゃんとしているものの声は掠れていて、まだまだ眠いらしい。しゃべるのも億劫そうに席について黙々と朝食を食べる。今日はスクランブルエッグにサラダとトースト。私が来るまで朝は抜かしていたらしいインゴさんにとって、朝からこの量は多いんだとか。しかし、しっかりと朝食を食べなければ頭も働かない。出したものは全て食べてもらうとして、その間に私はお弁当の準備。



「今日は遅くなります。」
「あれ?コルクボードにはいつも通りと……。」
「面倒で書きませんでした。」
「メモ残すって言ったのインゴさんじゃないですか…。」



こうも面倒臭がりだと何のための伝言ボードなのか分からなくなる。半ば呆れつつ、お弁当を完成させて、次に洗濯機を回したり、インゴさんの食べ終わったお皿を洗ったり、朝は忙しい。食後にコーヒーを運び少し優雅に過ごすインゴさんと違ってね。そうこうしているうちに、インゴさんは出発しなければならない。大事なコートを羽織り、鞄を持てば、切り替え完了で玄関に向かうので、私もそれについて行く。そういえば、一度だけコートを着せてあげたことがあったが、身長が足りず、しなくていい、と一蹴されてしまった。



「お仕事頑張って下さいね。いってらっしゃい。」



お見送りというには些か適当な気もするが、それだけ言って逃げるように玄関を後にしようとするのだが失敗。腕を掴まれ逆戻り。いい加減諦めて欲しい。



「まだ大事なことを忘れていますが。」
「……文化の強要はよくないですよ。」
「郷に入っては郷に従えと言いますが。」
「……分かりました。」



私が元いた所にこんな習慣はない。いくら挨拶だと言われても、私のいた所では完全に愛情表現の一つだ。毎朝この押し問答を繰り広げているが、折れるのは私ばかりだ。玄関の段差を利用してもまだ足りない身長差を埋める為に背伸びをして、彼の頬に触れるだけのキスを一つ。



「では、行って参ります。」



そして毎朝この勝ち誇った笑みを見なければならないのだから、どうも腑に落ちないのである。



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