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声フェチとクダリ

「ノボリさんとクダリさんの声が好きなんです!」



ある日の昼下がりでございました。突然の部下のカミングアウトにわたくしだけでなく、クダリまでもが驚いたようで二人で唖然としておりました。異様にわたくしやクダリのアナウンス、朝礼の挨拶などを熱心に聞いているとは思っていましたが、そういう理由ですか。わたくしはてっきり勉強熱心なだけだと勘違いしておりました。そして、この日以来、部下の遠慮がなくなりました。



「すみませんノボリさん、ちょっと目覚ましにしたいので、おはようございますって言って下さい。録音します。」
「クダリさーん!ちょっと切羽詰まった感じでいつもより低い声出して下さーい!」
「ノボリさんのハイテンションボイスゲットー!」
「クダリさんの寝言…ふふふ…。」



わたくし達が困惑しようと周りの職員はどこ吹く風で業務を淡々とこなしております。これが当たり前なようです。これには流石にわたくしも距離をおきたくなりましたが、わたくしよりもクダリの方が参ってしまったらしく、最近ではめっきり口数が減ってしまいました。職場で喋るのは決まり文句だけで、部下の挨拶にさえ目配せのみで済ませる始末でございます。部下も一応事情は知っているのでなにも言ってはきませんが、このままではいけませんね。そう思っていたのですが、本日とうとう



「クダリ?」
[なに?]



筆談になりました。



「ク、クダリ?大丈夫ですよ?今なら名前はおりませんから喋っても平気ですよ?」
[ソファーの脚。]



口を抑えながら指をさすので何事でしょうと目で追ってみましたところ



「……盗聴器?」



なにやら小さな機械が設置してあり、寒気を覚えました。それからのクダリは業務以外で滅多に喋らず、仕事に支障をきたすという理由からわたくしの側を離れません。暇があればどこかに行っては遊んで帰り、誰かと話したがる程にお喋りが好きな子ですので、わたくし心配でなりません。ストレスが溜まっては業務にも影響が出ますし、それ以上に体に毒です。ここはわたくしが兄として、名前の上司として一度教育しておく必要がありそうですね。



「名前、なぜ呼ばれたのか分かりますか?」
「とうとうノボリさんの声を録音させてくれるんですか?」
「違います。貴方が趣味に走るお陰でクダリがこの有様です。」



視線を名前からクダリに移し、名前もわたくしを見ていた視線をソファーで不貞腐れたように座るクダリに遣りました。クダリはこちらには一切目もくれず、ソファーの上で足を折りながら頬を膨らませております。



「そろそろクダリも限界でございます。貴方の趣味を否定する訳ではございませんが、節度を持って下さいまし。」
「ご、ごめんなさい。まさかクダリさんがこんなに怒ってるなんて……。」



しゅんと項垂れた名前がわたくしに頭を下げました。ようやく自覚して頂けたようでなによりでございます。その後、恐る恐るといった様子でクダリの側で膝をついた名前がクダリのことを見上げますが、クダリは完全にへそを曲げてしまったようで、名前から顔を逸らしてしまいました。こういう拗ね方は幼い頃から変わらないのです。



「クダリさん、ごめんなさい。私、クダリさんのことも考えずに暴走しちゃって…。」
「……………。」
「でも、クダリさんの声が好きなことは本当ですよ!」
「……………。」



そういう問題ではないと思うのですが……。なにも言い返してこないクダリに不安になったのか、おろおろと言葉を濁して、ご機嫌取りの言葉を並べますが、どうやらどれもクダリの心には響かないようです。一度拗ねてしまったクダリは子供の様に簡単に機嫌を取ることは難しいでしょうね。



「クダリさぁん……。」




いい加減言葉もなくなってしまったようで、困り果てた名前が切なそうにクダリの名前を呼びました。すると、わたくしのように口角を下げたクダリがぐるりと顔だけを名前に向けました。



「名前はぼくもノボリの声も好き。声だけ?それなら、ぼくでもノボリでもどっちでもいいの!?」



癇癪を起こす寸前でしょうか。突如大きな声で叫び、目には沢山涙を溜めて零れないよう必死に堪える姿が我が弟ながら健気だと思います。しかしながら、わたくしとそれはもうそっくりな顔ですので、泣きべそをかくのは止して頂きたいですね。あのようなことを言われた張本人の名前は驚いたようで、普段の温和な笑顔を消し、目を見開いては何度も瞬きを繰り返しております。暫くそうしていた二人ですが、名前の方が先に我に返ったようで、再び普段のような笑みを浮かべました。



「どちらの声も好きです。声フェチですから。でも、それはあくまで声の話です。声もなにもかも含めてクダリさんの方が大好きです!」



わたくし完全に蚊帳の外でございます。クダリなど、先程までの不機嫌はどこへやら。耳まで真っ赤にした顔を伏せながらそわそわと落ち着きがない。返事を待つ名前の顔色をチラリと窺っては、直ぐに膝に顔を埋めて、また顔色を窺って、それの繰り返しでございます。名前もクダリの返事を急かすでもなく、ゆっくりと頭を撫でてクダリに笑顔を向け、あくまでもクダリが落ち着くまでクダリのペースを持っていて下さいます。そんな名前を見て、ようやく意を決したのか、少し納得いかなそうな表情ではありましたが、顔をあげてクダリは名前に向き直りました。



「……ぼ、くも。」



一方的に怒っておいて、素直に喜びにくいといったところでしょうね。クダリがようやく絞り出した声は酷く小さく聞き取りづらいものでした。しかしながら、名前にはしっかり聞こえていたようで、上機嫌のままクダリの涙を優しい手付きで拭い去り、未だに不機嫌であることを通そうと足を折っているクダリを体いっぱいに抱き締めておりました。
お二人はわたくしがいることをお忘れでしょうか?



(それともわたくしへの当てつけですか?)



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